お祭り写真集は右側のリンクからご覧ください

 2010年10月15日、伊曽乃神社祭礼の宮出しでの横黒だんじり(屋台・楽車)です。2010年はお伊曽乃さんの階段上りを中心に撮ってみました。

(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 横黒だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日

 宮出しでの横黒だんじり(屋台・楽車)
(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 横黒だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 横黒だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日

 宮出しでの横黒だんじり(屋台・楽車)
(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 横黒だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「2010 伊曽乃神社祭礼宮出し」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●核融合エネルギー(かくゆうごうエネルギー)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E8%9E%8D%E5%90%88%E3
%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC

核融合エネルギー(かくゆうごうエネルギー)は水素やヘリウムのように軽い小さな原子核を持った原子やその同位体の、原子核同士の融合によって取り出されるエネルギーである。その反応を核融合反応と呼ぶ。

本来、原子核の安定度は鉄を中心に、軽い小さな原子核は融合する事でより重く大きく、反対に重く大きい原子核は分裂する事で軽く小さくなったほうが自身の持つエネルギーが少なくて済むので安定となる。原子力発電のような核分裂反応は、ウランのように特に重い元素を利用している。核融合反応では反対に小さく軽い原子核を持つ水素やヘリウム、そしてその同位体である重水素や三重水素、ヘリウム3を利用する。しかしヘリウム3は地球上にほとんど存在しないため、入手が難しい。

核融合エネルギーの使い方は、核分裂エネルギーと同様に平和利用と軍事利用に分けられる。

平和利用
将来実現されることが期待されている未来技術として、核融合反応に基づく熱エネルギーによって発電を行なう核融合炉がある。核融合炉は「地上の太陽」とも呼ばれるが、きわめて希薄なエネルギー密度の太陽に比べて核融合炉のエネルギー密度は桁違いに高く、実現は上手くいっても数十年先である。
軍事利用
水素爆弾(水爆)という核爆弾・大量破壊兵器で使われている。実験を除けば、まだ本来の用途である大量破壊には使用されていない。水爆の起爆に核分裂反応である原子爆弾が使われているが、核融合炉で使用するヘリウム3も原子炉内でリチウム6に中性子を当てて三重水素を作り、これがベータ崩壊してヘリウム3を得る方法が考えられている。

関連項目

* 原子力発電
* 原子核融合
* 恒星進化論

外部リンク

* 「Nuclear fusion power」 - Encyclopedia of Earthにある「核融合エネルギー」についての項目(英語)。
 
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 2011年4月23日に撮った愛媛県西条市明屋敷の西条高校周辺のお堀の鳩(ハト)とお子さんです。

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト)とお子さん 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト)とお子さん 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
NIKON D7000 + NIKON AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-300mm F4.5-F5.6G (IF)


      ●私が撮った「ハト(鳩)」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
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●豆知識●

●パシフィコ横浜(パシフィコよこはま、Pacifico Yokohama)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%95%E3
%82%A3%E3%82%B3%E6%A8%AA%E6%B5%9C

パシフィコ横浜(パシフィコよこはま、Pacifico Yokohama)は、神奈川県横浜市西区みなとみらい一丁目にある世界最大級の国際会議場と展示ホールとホテルからなるコンベンションセンターである。正式名称は、横浜国際平和会議場。運営は、株式会社横浜国際平和会議場により行われている。

1991年7月29日に会議センターとヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルが最初に完成。続けて10月12日に展示ホールも完成。1994年4月25日には、国立大ホール(日本の国立施設であるので、横浜国立大学とは命名権取得も含め特に関係が無い)が落成した。こけら落としはTHE ALFEEが行った。2002 FIFAワールドカップのメインプレスセンター設置のため、2001年に展示ホールが増設された。

主に、国際会議やコンサート、展示会などが開かれ、情報処理技術者試験の会場としても使用されたことがある。

これまで行われた主なイベント

* アフリカ開発会議(2008年)
* アジア太平洋経済協力首脳会議(APEC)(2010年)
* 横浜国立大学入学式
* 神奈川大学入学式
* 国士舘大学入学式
* 神奈川工科大学入学式
* 関東学院大学入学式
* 横浜商科大学入学式
* 新進党結党大会
* 高秀秀信元横浜市長市民葬
* イマジンカップ
* 亀田大毅デビュー戦
* トリプル世界戦
* 神奈川自衛隊音楽まつり
* 全国高等学校総合文化祭(2002年)
* 全国ボランティアフェスティバル(2001年)
* 全国豊かな海づくり大会(2005年)
* ネオロマンスフェスタ
* シェンムー制作発表会
* Sony Dream World
* 人とくるまのテクノロジー展(1992年~)
* 世界旅行博(2002年、2003年)
* 旅フェア
* ジャパンフードサービスショー(1994年~2004年)
* 楽器フェア - 2年に1回、10月/11月ごろに4日間開催
* マジック:ザ・ギャザリング世界選手権 - 1999年8月、2005年11月にそれぞれ開催
* GUNDAM WAR BIG WAVE
* 第65回世界SF大会(ワールドコンNippon2007)
* JAPAN DANCE DELIGHT Vol.13(2006年) Vol.14(2007年)
* ROBODEX2000,2002,2003
* 国際航空宇宙展2004
* 第22回国際電気自動車シンポジウム(EVS22)
* ETソフトウェアデザインロボットコンテスト(ETロボコン)2005年~
* 日本青年会議所サマーコンファレンス(サマコン)毎年7月第3週末
* A&Vフェスタ(2003年~2009年)
* 国際フィッシングショー(2006年~)
* ジャパンインターナショナルボートショー(2007年~)
* WRO (World Robot Olympiad)(2008年)
* テニスの王子様 100曲マラソン (2008年3月16日)
* 日本プロテスタント宣教150周年記念大会(2009年7月8-9日)
* Siggraph Asia 2009
* CEDEC(CESAデベロッパーズカンファレンス)2009年~
* ちゃおサマーフェスティバル(2009年~)
* テイルズ オブ フェスティバル(2009年~)
* CP+(カメラ&フォトイメージングショー)2010年~
* プロレスリング・ノア(2010年)
* ポケモンワールドチャンピオンシップス2010 ラストチャレンジ予選 東日本大会(2010年)
* Cure Cosplay Festival Vol.2(2010年)
* ヘタリアまるかいて“大”感謝祭(2011年予定)
* 日本国際切手展2011(2011年予定)

コンサートを行ったミュージシャン

* ジョアン・ジルベルト
* シンディ・ローパー
* パール・ジャム
* メアリー・J・ブライジ
* TOTO
* デフ・レパード
* ホワイトスネイク
* モトリー・クルー
* ナイン・インチ・ネイルズ
* Human Audio Sponge SMILE TOGETHER PROJECT SPECIAL LIVE 2007
* THE ALFEE
* 桑田佳祐(AAA)
* 福山雅治冬の大感謝祭
* 小田和正(1997年、2002年、2005年)
* 矢沢永吉トリビュートコンサート(奥田民生、THE HIGH-LOWS、横山剣、ギターウルフ、SADS、コレク)
* ゆず 初の年越しライブ「幸(せ)拍(手)歌合戦 2003~2004」
* Crystal Kayクリスマスコンサート(2003年、2004年、2006年~2008年)
* 倉木麻衣 年越しライブ
* ハロー!プロジェクト(松浦亜弥、後藤真希、安倍なつみ、美勇伝、メロン記念日、Berryz工房など)。
* ミュージカル テニスの王子様 コンサート Dream Live 4th
* ネギま!? Princess Festival
* ℃-ute ℃-uteコンサートツアー 2008夏 ~忘れたくない夏~ (2008年8月30日)昼夜2回公演
* Aice5 1st Tour 2007 "Love Aice5"
* アクアプラスフェスタ2007
* 20th century
* THE IDOLM@STER"Go to the NEW STAGE! THE IDOLM@STER 3rd ANNIVERSARY LIVE"
* マクロスFギャラクシーツアー FINAL atパシフィコ横浜 シェリル・ノーム starring May'n / ランカ・リー=中島 愛
* ZARD 坂井泉水追悼コンサート "What a beautiful memory 2008"
* 槇原敬之"Noriyuki Makihara Christmas Concert'08~PLAY for PRAY~"
* 田村ゆかり"*Pinkle☆Twinkle Party* 2006Winter supported by ANIMAX"
* 水樹奈々"NANA MIZUKI LIVE ROCKET 2005 ~summer~"及び"NANA MIZUKI LIVE UNIVERSE 2006 ~summer~"
* クレイジーケンバンド
* 茅原実里"Minori Chihara Live Tour 2009 ~Parade~”追加公演(ツアーファイナル)
* ALI PROJECT "TOUR 2009 POISON~毒を食らわば皿まで~"
* 清木場俊介 清木場俊介 FLYING JET TOUR 2009~2010
* 中川翔子 プリズムツアー2010
* ミリオンヒットコンサート(日本テレビ)
* Sound Horizon 7th Story Concert 「Märchen ~ キミが今笑っている、眩いその時代に… ~」

交通

* みなとみらい線みなとみらい駅下車徒歩3分
* JR根岸線、横浜市営地下鉄桜木町駅下車徒歩12分
* 横浜市営バス100円バス・156・292系統・京浜急行バス「パシフィコ横浜」下車徒歩すぐ

関連項目

* 日本の見本市会場一覧

外部リンク
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズには、パシフィコ横浜に関連するマルチメディアがあります。

* パシフィコ横浜
 

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 2010年10月11日、愛媛県西条市小松町新屋敷の常盤神社で行われた常盤祭りでの、新宮藤木だんじり(屋台・楽車)です。

常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日

常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日

常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日

常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日

常盤祭り 新宮藤木だんじり(屋台・楽車) 小松祭り2010 常盤神社 愛媛県西条市小松町新屋敷 2010年10月11日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「小松祭り」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
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      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
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      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●ケンブリッジ公爵夫人キャサリン(ケンブリッジこうしゃくふじん、The Duchess of Cambridge、全名: キャサリン・エリザベス Catherine Elizabeth、旧名: キャサリン(ケイト)・エリザベス・ミドルトン Catherine Elizabeth Middleton、1982年1月9日 - )
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%82%B5
%E3%83%AA%E3%83%B3_%28%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83
%AA%E3%83%83%E3%82%B8%E5%85%AC%E7%88%B5%E5%A4%AB%E4%BA%BA%29

ケンブリッジ公爵夫人キャサリン(ケンブリッジこうしゃくふじん、The Duchess of Cambridge、全名: キャサリン・エリザベス Catherine Elizabeth、旧名: キャサリン(ケイト)・エリザベス・ミドルトン Catherine Elizabeth Middleton、1982年1月9日 - )。イギリス王室ケンブリッジ公ウィリアム王子の配属者。同王子との成婚に際し、ケンブリッジ公爵夫人の称号を授かる。敬称は殿下(Her Royal Highness)。

ケイトはキャサリンの愛称であるが、ウィリアムの恋人としてメディアに取り上げられるまで家族、友人からケイトと呼ばれた事はなかった[1]。

キャサリン
Catherine
ケンブリッジ公爵夫人
2008年に行われたウィリアム王子のガーター勲章授与式に出席したケンブリッジ公爵夫人
出生 1982年1月9日(29歳)
イングランド、バークシャー、レディング、王立バークシア病院
実名 Catherine Elizabeth
王室 ウィンザー家
父親 マイケル・フランシス・ミドルトン
母親 キャロル・エリザベス・ミドルトン
配偶者 ケンブリッジ公爵ウィリアム
信仰 キリスト教イングランド国教会

生い立ち

1982年1月9日にレディングの王立バークシャー病院で生まれた。父のマイケル・フランシス・ミドルトン(1949年6月23日生)は英国航空においてディスパッチャーとして、母のキャロル・エリザベス(旧姓:ゴールドスミス、1955年1月31日生)は客室乗務員として勤務していた際に二人は出会い[2]、バッキンガムシャーのドーニー教区教会で1980年6月21日に結婚した。

マイケルの父はパイロット、その先は数代にわたってリーズの事務弁護士であり中流階級に属していた。曾祖母のオリヴィアの実家であるラプトン家は羊毛商を営んでおりトーマス・フェアファクスを祖とするリーズの名家である[3] 。母方の祖父母はそれぞれ工員と炭鉱夫の家系で労働者階級に属していた[4]。そのために、ウィリアムとの結婚では、誇張気味に「炭坑から王室へ」などと報じられた[5]。

英国航空を退職したミドルトン夫妻は1987年に玩具・パーティー用品の通信販売会社「パーティ・ピーシーズ」を設立した[6]。会社は成功をおさめ一家は富豪となった[3] 。ケイトの兄弟にはフィリッパ・シャーロット(1983年生)[7]、ジェームズ・ウィリアム(1987年生)がいる[8]。妹のピッパ・ミドルトン(en)(エジンバラ大学卒業生)もケイトとの関係と彼女自身のライフスタイルへの関心からプレス報道を受けた[9]。

ケイトはバークシャーで育ち[10]、マールボロ・カレッジを卒業した後セント・アンドルーズ大学に入学した。大学で美術史の学位を取得後、ファッションブランド「ジグソー」のアクセサリー部門のバイヤーをしていたが、2007年に写真家になるためにその職を辞めたと報じられた[11]。
ウィリアム王子との交際

セント・アンドルーズ大学で、学友としてウィリアム王子と知り合う[12]。大学内で開かれたファッションショーにモデルとして出演したケイトにウィリアムが一目惚れし、ルームメイトだったこともあり、親しく交際が始まった。在学中に他の友人も交えた共同生活で絆を深めた[13]。

ずっと交際の噂はあったものの、2人の関係が公になったのは、2004年頃で、ウィンザー家毎年恒例のスキー旅行にケイトが同行したことで、「未来のプリンセス」として取り上げられた[13]。

2007年1月ごろ、イギリスメディアがケイトの誕生日の9日にウィリアムがプロポーズし、婚約するという報道を行った。この頃から報道合戦が過熱し、パパラッチが問題視され、報道規制がかけられる事態となった[14]。

2007年4月14日、英大衆紙「サン」はウィリアムとケイトの関係が突如破局したと報じた[15]。理由に関しては定かではないが、BBCの王室担当記者は「2人の仲は問題はないように思えたので驚きだ」と語り、「王子は結婚はまだ早すぎると話していたが、王子の決断というよりは2人で合意したことだろう」と指摘した。一部メディアは破局の一因としてパパラッチの問題や[16]、中流階級であるケイトおよびケイトの母親の言動を挙げ、階級差を指摘し王室に相応しくないと報じるマスコミの存在を指摘している[13]。

英大衆紙『News of the World』は、エリザベス女王が「(結婚の意思がないのなら)急ぐべきでない。ダイアナ妃の二の舞になる事を望んでいない」とウィリアムに対し忠告したと報じている。

2007年6月24日付けの英大衆紙「メール・オン・サンデー」がウィリアム王子との復縁を報じる[17]。7月1日に行われたウィリアムとヘンリー王子主催の故ダイアナ妃の追悼コンサートに姿を見せた[18]。既に同棲しており2009年には結婚、と伝えるメディアもあるが[14]、公式には復縁の発表はなかった[13]。

2010年10月、二人は旅行先のケニアで婚約し、11月16日、王室より正式に公表された。婚約指輪は故ダイアナ元妃のものであった。
結婚

挙式は2011年4月29日にウェストミンスター寺院で行われ、YouTubeでもライブ配信された[19]。結婚式当日は公休となり、夜にはバッキンガム宮殿で祖母エリザベス女王主催のパーティーが開かれる模様で、各国から王室関係者や著名人などが参加する。日本からも皇太子徳仁親王夫妻が出席する予定であったが、東日本大震災の影響により取り止めとなった。

ケイトが身につけたウェディングドレスはアレキサンダー・マックイーンのサラ・バートンがデザイン。ティアラはエリザベス女王が18才の誕生日のときに父親であるジョージ6世から送られたもの。
紋章

2011年4月19日、結婚を控え、ミドルトン家の3人の子供に新たに紋章が付与された[20]。青色のリボンは未婚の女性であることを示している。結婚後は、この紋章とウィリアム王子の紋章を組み合わせ新たな紋章が作られる。ケイトの弟のジェームズは自分の子孫にこの紋章を継承することができる。
キャサリン (ケンブリッジ公爵夫人)の紋章
詳細
ケイト・ミドルトンの紋章は彼女の父であるマイケル・ミドルトンの紋章を基にしている。紋章院上級紋章員トマス・ウッドコック(英語)(ガーター・プリンシパル・キング・オブ・アームズ(英語))が紋章をデザインするのを助けた。彼女の版の盾はロズンジ(細い菱形)で青いリボンで吊されており、彼女が未婚であることを象徴している。 リボンで吊るされた紋章は、未婚の女性であるケイトあるいは彼女の妹のピッパのみが使用する[21][22]。
Coat of Arms of Kate Middleton.svg

ロズンジ上に、空色と赤色のパー・ペイル、金色のシェブロン(山形)、銀白のコティス、葉と袴が付いた3つの金色のドングリ[22]
その他の要素
ちょう結びの青色リボンに吊られたロズンジ
象徴
盾の中央の縦線(2つの色を分割している)は「ミドル (middle)-トン」に掛けた洒落である(カンティング・アームズ(英語))。オークの木のドングリはイングランドの伝統的なシンボルであり、家族が30年間暮らしているウエスト・バークシャーに多く生育する木でもある。3つのドングリは3 人兄弟であることも示している。紋章中央の金色のシェブロンは母親のキャロル・ミドルトンの旧姓ゴールドスミス (Goldsmith) の隠喩である。2つの細い白色のシュブロン(金色のシュブロンの上下に位置する)は、山頂と山、家族が愛する湖水地方とスキーを象徴している[21][22]。
その他

* 2007年1月に自宅前で駐車違反の切符を切られたが、ウィリアム王子の恋人という立場を悪用することなく素直に受け入れた様子を英大衆紙「デイリー・メール」が報じた[23]。
* 言動の他にファッションも注目を集めており、週刊誌やダブロイド紙、ファッション雑誌などが彼女のファッションを特集記事として掲載している。ケイトのファッションはコンサバでリッチな「スローニー(Sloany)」といわれるスタイルである[13]。

日本語伝記

* 『プリンセス・ケイト 英国王室への道』 中央公論新社、2011年1月 - ISBN 978-4123902908
クラウディア・ジョセフ、菊池由美・島田楓子・高橋美江・スコジ泉共訳

脚注
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1. ^ MSN産経ニュース (2008年5月27日). “「ケイト」ではなく本当は「キャサリン」よ 英王子の恋人ミドルトンさん”. 2008年11月14日閲覧。
2. ^ wargs.com (2007年). “Ancestry of Kate Middleton”. 2008年11月15日閲覧。
3. ^ a b “The Leeds connection...”. Yorkshire Evening Post. http://www.yorkshireeveningpost.co.uk/features/The-Leeds-connection.1760281.jp
4. ^ Wilson, Christopher(22 December 2006). “Kate, the coal miner's”. Daily Mail. http://www.dailymail.co.uk/femail/article-424446/Kate-coal-miners-girl.html
5. ^ 英王子結婚式:受け継いだダイアナDNA - 毎日jp(毎日新聞)
6. ^ “about us”. partypieces.co.uk (2008). 2008年8月9日閲覧。
7. ^ thePeerage.com (2007年). “Person Page - 19582”. 2008年11月15日閲覧。
8. ^ thePeerage.com (2007年). “Person Page - 20281”. 2008年11月15日閲覧。
9. ^ Nicholl, Katie(21 April 2007). “First Kate, now sister Pippa splits from heir”. Daily Mail. http://www.dailymail.co.uk/news/article-449861/First-Kate-sister-Pippa-splits-heir.html
10. ^ “Profiles - Kate Middleton”. Hello! (2001-08). 2008年8月9日閲覧。
11. ^ VOGUE.com (2007年11月13日). “ケイト・ミドルトンの選択。”. 2008年11月14日閲覧。
12. ^ asahi.com (2007年1月10日). “英ウィリアム王子、婚約間近?過熱報道に王室ぴりぴり”. 2008年11月14日閲覧。
13. ^ a b c d e ALL Abouto WEEKENDER (2008年1月30日). “『イギリス、イケメン王子の大恋愛に注目!』出会いは王子の一目惚れ”. 2008年11月17日閲覧。
14. ^ a b ALL Abouto WEEKENDER (2008年1月30日). “『イギリス、イケメン王子の大恋愛に注目!』どうなる?!7年越し大恋愛の行方!!”. 2008年11月17日閲覧。
15. ^ AFPBB News (2007年4月14日). “ウィリアム王子が恋人と破局、英大衆紙が報じる - 英国”. 2008年11月14日閲覧。
16. ^ AFPBB News (2007年1月9日). “ウィリアム王子恋人は「第2のダイアナ」?過熱報道に不安高まる - 英国”. 2008年11月14日閲覧。
17. ^ AFPBB News (2007年6月24日). “ウィリアム王子、元恋人と「復縁」か”. 2008年11月14日閲覧。
18. ^ AFPBB News (2007年7月7日). “ウィリアム王子とミドルトンさん、「復縁は確実」と英紙報道”. 2008年11月14日閲覧。
19. ^ YouTube、29日の英王室結婚式をライブ配信RBB TODAY 2011年4月20日
20. ^ “ケイトさん一家に紋章付与、ウィリアム英王子との結婚で”. ロイター.(2011年4月20日). http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-20713520110420 2011年4月20日閲覧。
21. ^ a b “Royal wedding: Kate Middleton coat of arms unveiled”. BBC News. 19 April 2011閲覧。
22. ^ a b c “Kate Middleton family gets coat of arms”. The Guardian. 19 April 2011閲覧。
23. ^ JAPAN JOURNALS (2007年1月4日). “1/4 将来の「女王」の器量を発揮!?――ケイト・ミドルトン、駐車違反の切符を素直に受け入れ”. 2008年11月14日閲覧。

関連項目

* パーティ・ピーシーズ

外部リンク

* BBC profile
* Kate Middleton Photo Gallery
* Press plea for privacy
* What next for the OTHER (less grumpy) love birds?
* Kate Middleton: Her Royal Shyness 2005年10月23日
* William & Kate Engagement Talk Rings Out At The Palace 2006年12月3日
* Love nest photos rile William 2005年12月12日
* Royalty Database: Kate Middleton coverage
* Leeds Today article about Middleton family ancestry
* Kate, the coalminer's girl
* The Royalist: Now TEN Police Officers Guard Kate Middleton 2006年1月6日
 

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 2011年4月23日に撮った愛媛県西条市明屋敷の西条高校周辺のお堀の八重桜です。

西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
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西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市 八重桜 西条高等学校(西条高校) お堀にて 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●ウェールズ大公息ヘンリー王子(Prince Henry of Wales, Henry Charles Albert David、1984年9月15日 - )
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83
%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%90%E3%83
%83%E3%83%86%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%83%BC

ウェールズ大公息ヘンリー王子(Prince Henry of Wales, Henry Charles Albert David、1984年9月15日 - )は、イギリス王室成員、陸軍軍人。英語圏では通常公式の場・非公式の場を問わずPrince Harry(ハリー王子)という通称で呼ばれている。

ヘンリー
Henry
Prince Henry of Wales
ウィンザー家
Prince Harry 2008.JPG
続柄 チャールズ王太子第二男子(エリザベス2世孫)
称号 ウェールズ大公息ヘンリー王子殿下
全名 ヘンリー・チャールズ・アルバート・デイヴィッド[1][2]
身位 Prince(王子)
敬称 His Royal Highness(殿下)
出生 1984年9月15日(26歳)
イングランドの旗 イングランド、パディントン、聖メアリ病院
父親 チャールズ王太子
母親 ダイアナ・スペンサー

経歴
生い立ち

女王エリザベス2世の孫、チャールズ王太子とダイアナ妃の次男である。兄はケンブリッジ公ウィリアム。兄に次いで英国王位継承順位第3位にある。公式の称号は His Royal Highness Prince Henry of Wales(ウェールズ大公息ヘンリー王子殿下)だが、英語圏では通常公式の場・非公式の場を問わずPrince Harry(ハリー王子)という通称で呼ばれている。

イートン校を卒業した後、ヘンリーはオーストラリアの牧場で働いたり、レソトの孤児院で奉仕活動を行ったりした。その後アルゼンチンに渡ったが、飲酒と誘拐未遂を理由に帰国させられた。2005年にはサンドハースト王立陸軍士官学校に入学し、将来は近衛騎兵になりたいと語っていた。
軍歴
ヘンリー王子の紋章

2006年4月の陸軍士官学校卒業後に近衛騎兵連隊ブルーズ・アンド・ロイヤルズに配属された。同連隊は儀礼的任務だけでなく戦闘地域における任務にも投入されており、ヘンリーのイラク派遣も一旦決まったが、イスラーム過激派等がヘンリーを標的に攻撃すると予告したため取り止めとなった[3]。ヘンリーは特別な待遇を望んでおらず、「失望している」との声明を発表するとともに[4]、「軍を辞めるつもりはない」ともコメントしている。

2007年末からアフガニスタンにおけるタリバーン掃討作戦に極秘に加わっていた。ヘンリーは前線航空管制官としてタリバン部隊への爆撃を誘導する任務に就いており、これは相当の危険が伴うものであった。イギリスのメディアとは協定が結ばれ派遣の事実は公表されていなかったが、10週間後にアメリカのインターネットメディアのDrudge Reportが記事を載せたのをきっかけに大手メディアも報道を開始し[5]、帰国した。首相のゴードン・ブラウンはハリーを「模範的な兵士」であり「イギリス全土は彼の行っている素晴らしい任務を誇りに思うだろう」と称賛した。

私生活
イギリス王室
Badge of the House of Windsor.svg

女王陛下
エディンバラ公爵フィリップ

* ウェールズ公チャールズ
コーンウォール公爵夫人カミラ
o ケンブリッジ公爵ウィリアム王子
ケンブリッジ公爵夫人キャサリン
o ヘンリー王子
* ヨーク公爵アンドルー
o ベアトリス王女
o ユージェニー王女
* ウェセックス伯爵エドワード
ウェセックス伯爵夫人ソフィー
o セヴァーン子爵ジェームズ
o レディ・ルイーズ・ウィンザー
* アン王女(プリンセス・ロイヤル)

* グロスター公爵リチャード
グロスター公爵夫人ビアギッテ
* ケント公爵エドワード
ケント公爵夫人キャサリン
o マイケル王子
マイケル王子妃マリー=クリスティーヌ
* アレクサンドラ王女

表・話・編・歴

私生活では、ジンバブエ出身の恋人チェルシー・デービーと交際していたが2007年11月10日、英紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドにて王子がチェルシーと破局したと報じた[6]。
スキャンダル

ヘンリー王子は、これまでの人生で数多くのスキャンダルを巻き起こしてきた。

11歳頃から酒や煙草に手を出し、イートン校時代に入学したばかりの14歳の時にはアルコール依存症を発病した。2002年の夏にはマリファナ吸引騒動を起こし、父チャールズの説得によって、麻薬中毒患者のセミナーに参加した事もあった。勉学には手を抜き、卒業ぎりぎりの最低ランクの成績だったという。そのため大学には進まず、軍隊に入ることを志願した。

なお、イートン校卒業試験については不正疑惑が持ち上がった。これはイートン校を解雇された美術教師が、王子が試験で提出した絵は自分が描いたとマスコミに暴露したものである。この疑惑を王子側は強く否定している。

2005年1月には、仮装パーティーにかつての敵国であるドイツのナチス時代の軍服で現われたところをタブロイド紙にスクープされ、内外のマスコミから非難された。父チャールズは、ヘンリーと兄ウィリアムに、ホロコーストを理解する為、映画「シンドラーのリスト」を鑑賞する事と、アウシュビッツを訪問する事を命じた。

また、士官学校卒業式後のパーティではストリッパーを膝に乗せ酒を飲む様子がスクープされ、映画の題名をもじった「ダーティー・ハリー」(ワルのハリー)の見出しが紙面に踊った。

2008年には泥酔しパパラッチと乱闘騒ぎを起こしたことがある[6]。

2009年1月、2006年のブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊所属時期に、同じ部隊のパキスタン人に対して「パキ」「ラグヘッド」と差別的発言をしていたことが発覚し、謝罪した[7]。
脚注・出典
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1. ^ 王族であるため姓は持たないが、必要がある場合は家名である「マウントバッテン・ウィンザー」を姓として使用する(より口語的には父の称号からウェールズを姓として使用する)。1960年2月の特許状によれば、家名および姓はウィンザー(Windsor)である。
2. ^ “alt.talk.royalty FAQ: British royalty and nobility:”. Heraldica.org. 2011年4月15日閲覧。
3. ^ AFPBB News (2007年4月28日). “イラク武装勢力、ヘンリー王子の誘拐を予告 - 英国”. 2008年11月17日閲覧。
4. ^ AFPBB News (2008年3月2日). “アフガンから帰国のヘンリー王子、インタビューで心境を語る”. 2008年11月17日閲覧。
5. ^ Prince Harry secretly serving in Afghanistan、ガーディアン、28 February 2008
6. ^ a b ALL Abouto WEEKENDER (2008年1月30日). “『イギリス、イケメン王子の大恋愛に注目!』ナイト・ライフも満喫”. 2008年11月17日閲覧。
7. ^ AFPBB News (2009年1月11日). “英ヘンリー王子、士官学校時代に差別語使用で謝罪”. 2009年1月22日閲覧。
 

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 2011年4月29日、産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバルが開催されました。写真は産業文化フェスティバル・ダンスパフォーマンスでの遊舞連(ゆうぶれん)の踊りです。

遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日

遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日
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遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日

遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日

遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日
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遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日

遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日
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遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日

遊舞連(ゆうぶれん) 石鎚踊り ダンスパフォーマンス 西条市 産業文化フェスティバル・健康ふれ愛フェスティバル・福祉フェスティバル 愛媛県西条市 2011年4月29日
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      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

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●豆知識●

●ケンブリッジ公爵ウィリアム王子 KG FRS(Prince William, Duke of Cambridge, William Arthur Philip Louis 英語発音: /?wilj?m ???rθ?r ?filip ?lu?is ?v ?weilz/, 1982年6月21日 - )
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3
%82%A2%E3%83%A0_%28%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3
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ケンブリッジ公爵ウィリアム王子 KG FRS(Prince William, Duke of Cambridge, William Arthur Philip Louis 英語発音: /?wilj?m ???rθ?r ?filip ?lu?is ?v ?weilz/, 1982年6月21日 - )は、イギリス王室成員。イギリス王太子チャールズの長男で、イギリス女王エリザベス2世の孫。父のチャールズに次いで英国の王位継承順位第2位にある。

公式の称号は“His Royal Highness Prince William, Duke of Cambridge”(ケンブリッジ公爵ウィリアム王子殿下)。

王族であるため姓は持たないが、必要がある場合は家名である「マウントバッテン・ウィンザー」を姓として使用する(より口語的には父の称号からウェールズを姓として使用する)[2]。大学ではウィリアム・ウェールズという名前を使用していた[3][4]。

兄弟に2歳年下の弟ヘンリー(ハリー)がいる。生母は1997年に死去したダイアナ。

ウィリアム
Prince William
Duke of Cambridge
ウィンザー家
Prince William, 2007.jpg
ポロの試合中に(2007年)
続柄 チャールズ王太子第一男子(エリザベス2世孫)
称号 ケンブリッジ公爵殿下
全名 ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイス[1][2]
身位 Prince(王子)
敬称 His Royal Highness(殿下)
出生 1982年6月21日(28歳)
イングランドの旗 イングランド、パディントン、聖メアリ病院
配偶者 ケンブリッジ公爵夫人キャサリン
父親 チャールズ王太子
母親 ダイアナ・スペンサー

略歴
ウィリアム王子の紋章
イギリス王室
Badge of the House of Windsor.svg

女王陛下
エディンバラ公爵フィリップ

* ウェールズ公チャールズ
コーンウォール公爵夫人カミラ
o ケンブリッジ公爵ウィリアム王子
ケンブリッジ公爵夫人キャサリン
o ヘンリー王子
* ヨーク公爵アンドルー
o ベアトリス王女
o ユージェニー王女
* ウェセックス伯爵エドワード
ウェセックス伯爵夫人ソフィー
o セヴァーン子爵ジェームズ
o レディ・ルイーズ・ウィンザー
* アン王女(プリンセス・ロイヤル)

* グロスター公爵リチャード
グロスター公爵夫人ビアギッテ
* ケント公爵エドワード
ケント公爵夫人キャサリン
o マイケル王子
マイケル王子妃マリー=クリスティーヌ
* アレクサンドラ王女

1982年6月21日に西ロンドンパディントンの聖メアリ病院で生まれた。父のチャールズはイギリス王太子、母ダイアナは第8代スペンサー伯エドワードの娘である。

ロンドン西部にある保育所や幼稚園に通い、小学校はバークシャーのルドグローブ小学校に通った。ウィリアムは小学校に通学した最初のイギリス王子である。その後、名門パブリックスクールであるイートン校に学び、地理、生物、歴史ではAの成績を取った。卒業後1年間のギャップ・イヤーにはチリでのボランティアを経験している。

大学はスコットランドのセント・アンドルーズ大学に入学し、最初は美術史の専攻を選択したが、途中から地理学に変更。大学ではウィリアム・ウェールズと名乗っていたほか、セント・アンドルーズの町では目立たない集合住宅に暮らすなどの生活を心がけ、近くのエディンバラの町でもよく見かけられた。また大学在学中はイギリス王室とマスコミの協定により、取材攻勢から保護された。

2005年6月に大学を卒業。卒業論文はモーリシャス・ロドリゲス島の珊瑚礁をテーマに1万語に上る大作で、大学院の入学資格もあるとみなされる”Upper Second”という優秀なランクの成績をとった。父王太子は”Lower Second”という1つ下のランクの成績での卒業であり、王子の成績はこれまでのイギリス王室の中では最高だった。卒業後短期間であるが、デヴォンシャー公爵領における事務およびロンドンのHSBC銀行の慈善事業部門において研修を行っている。
軍歴
空軍将校姿のウィリアム

王室の伝統に従い、2006年1月からサンドハースト王立陸軍士官学校に入学した。卒業後は陸軍少尉に任官し近衛騎兵連隊に配属された。2008年には海軍兵学校及び空軍士官学校でも教育を受け[5]、海軍中尉及び空軍中尉の階級も保有することとなった。

2008年6月末、ヘリコプターで西インド諸島バルバドスの北東数百キロの海上を巡視中、高速で移動する不審な小型船を発見。遠洋には適さず、麻薬密輸に多く使われるタイプだったので、母艦に連絡し、母艦に同乗していた米沿岸警備隊員が小型船に乗り込んだところ、900キロのコカインが見つかった。

2008年11月、イギリス空軍の戦闘ヘリで訓練を行っているウィリアムが私的な目的で5回にも及ぶ隊規違反をおこしたことがスクープされた。問題の訓練飛行の費用は、8万6434ポンド(約1300万円)に上るという[6]。

2009年1月には、陸海空軍それぞれの大尉に昇進している。
その他

ゴシップの絶えないイギリス王室の中で国民のウィリアムに対する人気は高く、父王太子より彼を次期国王に推す声も存在する[7]。容貌は母似と言われるが、最近は父にも似て、頭髪も薄くなってきている。また、近年では曽祖父のジョージ6世にも似てきている、との声も聞かれる。
私生活

学生時代に知り合ったケイト・ミドルトンと交際を開始、食事会に誘うなどして交流を深め、2011年4月に結婚した(後述)。交際期間においては、2007年1月彼女をパパラッチが執拗に追い掛け回しているのに激怒していると報道がされ、パパラッチに追い掛け回された母の二の舞にならないかと心配するなどしていた。これを受けて英最大発行部数の大衆紙サンなどを発行する「ニューズ・インターナショナル社」は個人のプライバシーを守るという理由でパパラッチからの写真は掲載しない方針を決めた。

2010年11月16日、クラレンス・ハウス(ウェールズ大公チャールズの公邸)はウィリアムとケイト・ミドルトンが2011年に結婚する予定であると発表した[8]。4月29日に挙式を行い、同日ケンブリッジ公の号を贈られた。
逸話

* ローティーンの頃憧れていたのは、スーパーモデルのシンディ・クロフォードであった。ウィリアムは母ダイアナに頼んで、シンディをケンジントン宮殿でのお茶に招待してもらった。3人でお茶の時間をともにしたが、憧れの女性を前にして恥ずかしさで真っ赤になり、話したくとも話せない状態になってしまった。
* 弟のヘンリー王子が起こしたナチス軍服コスプレ事件では、服を選ぶ場所にいっしょにいたのに止めなかったと父王太子から叱責を受けた。
* 大のサッカー好きで、プレミアリーグのアストン・ヴィラFCの大ファン。イングランドサッカー協会の総裁職にも就いている。

称号・身位・勲章・紋章
称号

* 1982年6月21日 - 2011年4月29日: His Royal Highness Prince William of Wales(ウェールズ大公息ウィリアム王子殿下)
* 2011年4月29日 - 現在: His Royal Highness Prince William, Duke of Cambridge(ケンブリッジ公爵ウィリアム王子殿下)

勲章

* ガーター勲章
* Queen Elizabeth II Golden Jubilee Medal
* Joint Service Commendation Medal (米国国防総省)

脚注

1. ^ 王族であるため姓は持たないが、必要がある場合は家名である「マウントバッテン・ウィンザー」を姓として使用する(より口語的には父の称号からウェールズを姓として使用する)。1960年2月の特許状によれば、家名および姓はウィンザー(Windsor)である。
2. ^ a b “alt.talk.royalty FAQ: British royalty and nobility:”. Heraldica.org. 2011年4月15日閲覧。
3. ^ Summerskil, Ben(2001年9月23日). “Welcome to Will's new world”. The Guardian. http://www.guardian.co.uk/uk/2001/sep/23/education.students 2011年4月15日閲覧。
4. ^ Howie, Micheal(2005年6月4日). “William Wales M.A. collects his degree”. The Scotsman. http://news.scotsman.com/latestnews/William-Wales-MA-collects-his.2637753.jp 2011年4月15日閲覧。
5. ^ AFP (2008年9月17日). “大空に魅せられたウイリアム英王子、救助パイロットを志望”. 2011年4月15日閲覧。
6. ^ AFP (2008年11月10日). “英ウィリアム王子、訓練ヘリの問題使用は5回 上官は関知せず”. 2011年4月15日閲覧。
7. ^ 木村正人(2007年12月18日). “英国人の半数「次期国王はウィリアム王子に」”. 産経新聞. オリジナルの2009年2月21日時点によるアーカイブ。. http://replay.waybackmachine.org/20090221042254/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071228/erp0712280959002-n1.htm
8. ^ “Royal wedding: Prince William to marry Kate Middleton”. BBC.(2010年11月16日). http://www.bbc.co.uk/news/uk-1176542 2011年4月15日閲覧。

関連項目

* イギリス王室
* バラ:誕生を記念してドイツのコルデス社から「ロイヤル・ウィリアム」というバラを贈られている。
 

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 愛媛県西条市新堀にある三河屋新産給油所・ふじグループ ビル No.5(FUJI GROUP BLD.No.5)付近の愛媛県道13号壬生川新居浜野田線の夕景です。

三河屋新産給油所・ふじグループ ビル No.5(FUJI GROUP BLD.No.5)付近の愛媛県道13号壬生川新居浜野田線の夕景 愛媛県西条市新堀 2011年4月21日

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
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        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
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●豆知識●

●プリンス・オブ・ウェールズ(Prince of Wales)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3
%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A6%E3
%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA

曖昧さ回避 その他の用法については「プリンス・オブ・ウェールズ (曖昧さ回避)」をご覧ください。

プリンス・オブ・ウェールズ(Prince of Wales)は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)で王子に与えられる称号のひとつで、本来はウェールズの君主、「ウェールズ大公」を意味する。14世紀以来、次期国王として王位を継承するべきイングランド国王(のちにはグレートブリテン国王、現在ではイギリス国王)の最年長の王子がこの称号を与えられるようになり、第一王位継承者の称号となった。現在はエリザベス2世女王の長男チャールズがプリンス・オブ・ウェールズである。

日本では、この称号を帯びる第一王位継承者のことを英国皇太子と呼ぶ慣習なので、プリンス・オブ・ウェールズを「皇太子」と訳すことが多い。なお、「ウェールズ皇太子」と訳すこともあるが、この場合の「プリンス」は、王子ではなく「第一人者」を示す言葉なので、誤解を招きかねず、誤訳と言ってよい(詳細は後述)。また次期王位継承者は、本来は「王太子」とすべきであり、そういった意味でも「皇太子」は誤訳と言える(詳細は皇太子を参照)。

プリンス・オブ・ウェールズは、「殿下」(His Royal Highness)の尊称で呼ばれ、夫人はプリンセス・オブ・ウェールズ(ウェールズ大公妃あるいは王太子妃)の称号を帯びる。ただし、現在チャールズの妻であるカミラは、国民的人気が高いダイアナ(離婚、後に故人)に遠慮し、コーンウォール公妃(コーンウォール公爵はイングランドの称号なので、スコットランドにおいてはロスシー公妃)の称号を名乗っている。
起源

もともとプリンス・オブ・ウェールズの称号は、グウィネズ地方のウェールズ人支配者(公)、ルウェリン・ザ・ラストことルウェリン・アプ・グリフィズがウェールズのほぼ全域のウェールズ人の諸侯に支配力を及ぼして、全ウェールズの君主を意味するウェールズ大公(英語でプリンス・オブ・ウェールズ)と称したことに始まる。この場合のプリンスは王子ではなく、主権を持った一国家の君主(元は「第一人者」の意)、すなわち「公」あるいは「大公」と訳される地位のことであり、現在で直接の対比対象となる、モナコ公国・リヒテンシュタイン公国の英文呼称であるPrincipality(公国)の元首という意味である。( Prince の語源も参照)

ウェールズ諸侯の名目上の主君であるイングランド王ヘンリー3世は、1267年にルウェリンをウェールズ大公として承認し、ここにウェールズ公国(Principality of Wales)が成立した。しかし、ヘンリー3世を継いだイングランド王エドワード1世はルウェリンと対立、1282年 - 1283年のウェールズ侵攻で、ルウェリンを敗死に追い込み、ルウェリンの弟デイヴィッドを処刑してウェールズ大公一族を滅ぼした。

エドワードはルウェリンの作ったウェールズ大公の黄金の冠をイングランドに持ち去ってウェストミンスター寺院に安置すると、ウェールズ公国をイングランド王の所領に定め、グウィネズを始めとするウェールズ諸侯領を奪ってウェールズ公国直轄領とした。王宮所在地はグウィネズのカーナーヴォン(Caernarvon)城に定められるが、1284年、ここでエドワード1世の王子エドワード(のちのエドワード2世)が生まれる。

1301年、エドワード1世はウェールズ人の反乱を抑えるため、王子エドワード(2世)にウェールズ大公(プリンス・オブ・ウェールズ)の称号を授けてウェールズの名目上の君主とする。このために、身重の王妃エリナーを当時ウェールズ侵攻の前線基地であったカーナーヴォン城に連れて行き、そこで王子を出産させたのである。エドワード2世をウェールズ人に「ウェールズ生まれの」支配者として受け入れさせるためであった。エドワード1世はウェールズの諸侯に赤ん坊を見せて「ウェールズ生まれで英語を話さない」と即位を認めさせた、という逸話がある(ただし当時のイングランド王は英語ではなくフランス語を常用していた)。

のちにエドワード2世の子エドワード3世が1343年、自身の長男で第一王位継承者のエドワードにプリンス・オブ・ウェールズの称号を与え、エドワードがイングランド王位を継ぐ前に死去すると、プリンス・オブ・ウェールズはその長男の次期国王リチャード(2世)に譲られた。こうしてイングランド次期国王がプリンス・オブ・ウェールズとなる慣例が定着し、現在に至るまで続いている。
プリンス・オブ・ウェールズの一覧

* エドワード(1301年 - 1307年) ⇒ エドワード2世
* エドワード黒太子(1343年 - 1376年) - エドワード3世の長男
* リチャード(1376年 - 1377年) ⇒ リチャード2世
* ヘンリー(1399年 - 1413年) ⇒ ヘンリー5世
* エドワード(1454年 - 1471年) - ヘンリー6世の長男
* エドワード(1471年 - 1483年) ⇒ エドワード5世
* エドワード(1483年 - 1484年) - リチャード3世の長男
* アーサー(1489年 - 1502年) - ヘンリー7世の長男
* ヘンリー(1504年 - 1509年) ⇒ ヘンリー8世
* エドワード(1537年 -- 1547年) ⇒ エドワード6世
* ヘンリー・フレデリック(1610年 - 1612年) - ジェームズ1世の長男
* チャールズ(1616年 - 1625年) ⇒ チャールズ1世
* チャールズ(1638年/1641年? - 1649年) ⇒ チャールズ2世
* ジェームズ・フランシス・エドワード(1688年) - ジェームズ2世の長男
* ジョージ・オーガスタス(1714年 - 1727年) ⇒ ジョージ2世
* フレデリック・ルイス(1729年 - 1751年) - ジョージ2世の長男
* ジョージ・ウィリアム・フレデリック(1751年 - 1760年) ⇒ ジョージ3世
* ジョージ・オーガスタス・フレデリック(1762年 - 1820年) ⇒ ジョージ4世
* アルバート・エドワード(1841年 - 1901年) ⇒ エドワード7世
* ジョージ・フレデリック・アーネスト・アルバート(1901年 - 1910年) ⇒ ジョージ5世
* エドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・アンドルー・パトリック・デイヴィッド(1910年 - 1936年) ⇒ エドワード8世
* チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ(1948年 - )

関連項目

* イギリス王室
* ウェールズの君主
* プリンス・オブ・ウェールズ (戦艦)
* プリンス・オブ・ウェールズ (紅茶)
* プリンスオブウェールズステークス
* エスケープ事件
* ドーファン
* アストゥリアス公
 

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 2010年10月15日、伊曽乃神社祭礼の宮出しでの本町だんじり(屋台・楽車)です。2010年はお伊曽乃さんの階段上りを中心に撮ってみました。

(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 本町だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日

 宮出しでの本町だんじり(屋台・楽車)
(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 本町だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 本町だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日

 宮出しでの本町だんじり(屋台・楽車)
(西条祭り 2010 伊曽乃神社祭礼関係) 宮出し お伊曽乃さんの階段上り 本町だんじり(屋台・楽車) 愛媛県西条市中野甲1649 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「2010 伊曽乃神社祭礼宮出し」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

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        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

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        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

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      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
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        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
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●豆知識●

●福島空港インターチェンジ(ふくしまくうこうインターチェンジ、英語表記Fukushima Airport)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%A9%BA%E6%B8
%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B8

福島空港インターチェンジ(ふくしまくうこうインターチェンジ、英語表記Fukushima Airport)は、福島県石川郡玉川村にあるあぶくま高原道路のインターチェンジである。

道路

* あぶくま高原道路(4番)

接続する路線
直接接続

* 福島県道63号古殿須賀川線
* 福島県道42号矢吹小野線

周辺

* 福島空港
* 玉川村勤労者体育センター
* 道の駅たまかわ



あぶくま高原道路
(3)玉川IC - (4)福島空港IC - (5)石川母畑IC

関連項目

* 日本のインターチェンジ一覧
 

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          お祭り写真集は右側のリンクからご覧ください

 2011年4月23日に撮った愛媛県西条市明屋敷の西条高校周辺のお堀の鳩(ハト)とお子さんです。

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト)とお子さん 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト)とお子さん 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
NIKON D7000 + NIKON AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-300mm F4.5-F5.6G (IF)


      ●私が撮った「ハト(鳩)」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●西磐井郡(にしいわいぐん)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E7%A3%90%E4%BA%95%E9%83%A1

西磐井郡(にしいわいぐん)は、岩手県の南部に位置する郡。

人口8,319人、面積63.39km^(2)、人口密度131人/km^(2)。(2011年3月1日、推計人口)

以下の1町を含む。

* 平泉町(ひらいずみちょう)

沿革

* 明治11年(1878年)7月22日 - 郡区町村編制法制定にともない、岩手県磐井郡を西磐井郡と東磐井郡に分割したため発足。
* 明治16年(1883年)1月 - 衣関村を中尊寺村・戸河内村に分割。
* 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、以下の町村が成立。(1町14村)
o 一関町・真滝村・山目村・中里村・弥栄村・萩庄村・厳美村・花泉村・涌津村・永井村・油島村・老松村・日形村・金沢村(現・一関市)
o 平泉村(現・平泉町)
* 昭和23年(1948年)1月1日 - 山目村が町制施行し、山目町となる。(2町13村)
* 昭和23年(1948年)4月1日 - 一関町・山目町・真滝村・中里村が合併し、一関市が発足。郡より離脱。(11村)
* 昭和28年(1953年)10月1日 - 平泉村が町制施行し、平泉町となる。(1町10村)
* 昭和30年(1955年)1月1日(2町1村)
o 弥栄村・萩庄村・厳美村が東磐井郡舞川村と共に一関市と合併し、新制の一関市の一部となり、郡より離脱。
o 花泉村・涌津村・永井村・油島村・老松村・日形村が合併し、花泉町が発足。
* 昭和30年(1955年)4月15日 - 平泉町が東磐井郡長島村と合併し、新制の平泉町が発足。
* 昭和31年(1956年)9月30日 - 金沢村を花泉町に編入。(2町)
* 平成17年(2005年)9月20日 - 花泉町が東磐井郡大東町・千厩町・東山町・室根村・川崎村と共に一関市と合併し、新制の一関市の一部となり、郡より離脱。(1町)

参考文献

* 『角川日本地名大辞典』3 岩手(角川書店、1985)

脚注

1. ^ 明治16年(1883年)1月、中尊寺村・戸河内村に分割
 

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          お祭り写真集は右側のリンクからご覧ください

 2010年10月22日、四国中央市寒川町の市営臨海グラウンド(寒川うめたてグラウンド) で行われた寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せでの寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社)です。

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり 寒川中部太鼓台(翔龍 石戸八幡神社) 寒川・豊岡地区太鼓台統一寄せ 四国中央市寒川町 臨海グラウンド 2010年10月22日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「伊予三島太鼓祭り」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
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●豆知識●

●柳田 國男(やなぎた くにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%94%B0%E5%9C%8B%E7%94%B7

曖昧さ回避 この項目では、民俗学者の柳田國男について記述しています。ノンフィクション作家については「柳田邦男」をご覧ください。

柳田 國男(やなぎた くにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は日本の民俗学者。現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれで、晩年に名誉町民第1号となった。正三位勲一等。

日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行し、初期は山の生活に着目し、著書『遠野物語』で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べた。日本における民俗学の開拓者であった。

生涯
柳田國男の生家(兵庫県福崎町)
生い立ち

1875年(明治8年)7月31日、兵庫県神東郡田原村辻川(現:神崎郡福崎町辻川)に松岡操、たけの六男として出生。

父操は旧幕時代、姫路藩の儒者角田心蔵の娘婿田島家の弟として一時籍に入り“田島賢次”という名で仁寿山黌(じんじゅさんこう)や、好古堂という学校で修学し、医者となり、姫路の熊川舎(ゆうせんしゃ)という町学校の舎主として1863年(文久3年)に赴任した。明治初年まで相応な暮らしをしたが、維新の大変革の時には、じつに予期せざる家の変動でもあり、父操の悩みも激しかったらしく、一時はひどい神経衰弱に陥ったという。[1]

幼少期より非凡な記憶力を持ち、11歳のときに地元辻川の旧家三木家に預けられ、その膨大な蔵書を読破し、13歳時に長男の鼎に引き取られ茨城県と千葉県の境である下総の利根川べりの布川(現・利根町)に在住。生地とは異なった利根川の風物に強い印象を受ける[2]、またこの際も隣家の小川家の蔵書を乱読した。16歳のときに東京に住んでいた兄井上通泰と同居、19歳にして府立第一高等中学校に進学、青年期を迎える。
詩人 松岡國男

井上通泰の紹介により森鴎外と親交を持ち、『しらがみ草紙』に作品を投稿、また通泰の世話で桂園派の歌人・松浦辰男に入門。第一高等中学校在学中には『文学界』『国民之友』『帝国文学』などに投稿。1897年(明治30年)には田山花袋、国木田独歩らと『抒情詩』を出版。ロマン的で純情な作風であった。しかしこの当時、悲恋に悩んでおり花袋にだけこれを打ち明け、花袋はそれを小説にしていた[3]。飯田藩出身の柳田家に養子に入り、恋と文学を諦め、官界に進んだ後も、田山花袋・国木田独歩・島崎藤村・蒲原有明など文学者との交流は続いたが、大正時代に入った辺りから当時の文学(特に自然主義や私小説)の有り様を、次第に嫌悪するようになっていった。
民俗学の夜明け

東京帝国大学では農政学を学び、農商務省の高等官僚となった後、講演旅行などで地方の実情に触れるうちに次第に民俗的なものへの関心を深めてゆく。また、当時欧米で流行していたスピリチュアリズムの影響を受け、日本でも起っていた「怪談ブーム」のさなか[4]で当時新進作家だった佐々木喜善と知り合い、岩手県遠野の佐々木を訪問して『遠野物語』を執筆[5]。他に宮崎県椎葉などへの旅の後、郷土会をはじめ、雑誌「郷土研究」を創刊。民俗学が独自の領域と主張を持つための下準備を着々と進めていった。
日本民俗学の確立

『蝸牛考』での「方言周圏論」、『郷土生活研究法』における「重出立証法」などで日本民俗学の理論や方法論が提示されるなど、昭和初期は日本民俗学の確立の時代であった。一方で山村調査、海村調査をはじめとする全国各地の調査が進み民俗採集の重要性と方法が示された。以降、日本人は何であるかを見極め将来へ伝えるという大きな問題意識を根底に「内省の学」として位置づけられてきた。
略年譜

* 1875年(明治8年)7月31日 - 兵庫県神東郡田原村辻川(現・神崎郡福崎町)に儒者・松岡操、たけの6男として生まれる。松岡家は代々の医家。
* 1884年(明治17年) - 一家で兵庫県加西郡北条町に転居。
* 1885年(明治18年) - 高等小学校卒業。1年間、辻川の旧家三木家に預けられ、和漢の書籍を乱読する。
* 1887年(明治20年) - 兄・鼎(かなえ)が医院を開いていた茨城県北相馬郡布川村(現・利根町)に移住する。
* 1893年(明治26年) - 兄・鼎の転居に伴い千葉県南相馬郡布佐町(現・我孫子市)に移住する。
* 1897年(明治30年) - 第一高等学校(第一高等中学校改称)卒業。東京帝国大学法科大学入学。
* 1900年(明治33年)7月 - 東京帝国大学法科大学卒業(法学士)。農商務省農務局農政課に勤務。以後、全国の農山村を歩く。早稲田大学で「農政学」を講義する。
* 1901年(明治34年)5月 - 柳田家の養嗣子として入籍する。養父直平(旧・飯田藩士)は大審院判事であった。
* 1902年(明治35年)2月 - 法制局参事官に任官。
* 1904年(明治37年)4月 - 柳田直平四女孝と結婚。
* 1907年(明治40年)2月 - 島崎藤村、田山花袋、小山内薫らとイプセン会を始める。
* 1908年(明治41年)1月 - 兼任宮内書記官。
* 1910年(明治43年)6月 - 兼任内閣書記官記録課長。 
* 1911年(明治44年)3月 - 南方熊楠との文通[6]始まる。
* 1913年(大正2年)3月 - 雑誌『郷土研究』を刊行。
* 1914年(大正3年)4月 - 貴族院書記官長。
* 1915年(大正4年)11月 - 京都における大正天皇の即位式に奉仕。この年、折口信夫と出会う。
* 1919年(大正8年)12月 - 貴族院書記官長を辞任[7]。
* 1920年(大正9年)8月 - 東京朝日新聞社客員となり、論説を執筆した。全国各地を調査旅行。
* 1921年(大正10年) - 渡欧し、ジュネーヴの国際連盟委任統治委員に就任。国際連盟において、英語とフランス語のみが公用語となっていることによる小国代表の苦労を目の当たりにする。
* 1922年(大正11年) - 新渡戸稲造と共に、エスペラントを世界の公立学校で教育するよう決議を求め、フランスの反対を押し切って可決される。エスペランティストのエドモン・プリヴァ(Edmond Privat)と交流し、自身もエスペラントを学習。
* 1923年(大正12年) - 帰国。フィンランド公使グスターフ・ラムステッドと交流。
* 1924年(大正13年)4月 - 慶應義塾大学文学部講師となり民間伝承を講義。
* 1926年(大正15年)7月 - 財団法人日本エスペラント学会設立時の理事に就任。(日本エスペラント学会年鑑(Jarlibro) 1926年版参照)。
* 1940年 - 朝日文化賞受賞。
* 1946年(昭和21年)7月 - 枢密顧問官就任。
* 1947年(昭和22年)3月 - 書斎に民俗学研究所を設立、帝国芸術院会員(同年末日本芸術院に改称)。
* 1949年(昭和24年)
o 3月 - 日本学士院会員となる。
o 4月 - 民間伝承の会を日本民俗学会に発展解消させ、初代会長に就任。
* 1951年(昭和26年)11月 - 文化勲章受章。
* 1962年(昭和37年)8月8日 - 心臓衰弱のため自宅で死去、87歳没。戒名は永隆院殿顕誉常正明国大居士。墓所は神奈川県川崎市の春秋苑。

記念館

* 「自らの民俗学の原点」と評した生家は、兵庫県福崎町に建設された柳田國男・松岡家顕彰会記念館の西隣に、移築・保存されている。
* 東京都世田谷区成城の自宅書斎[柳田國男の書屋]は、1989年に長野県飯田市の飯田市美術博物館内へ移築されている(柳田家は旧飯田藩士)。
* 蔵書は成城大学に寄贈され、同大学の民俗学研究所「柳田文庫」として活用されている。2003年には、成城大学民俗学研究所編『増補改訂版 柳田文庫蔵書目録』が刊行された(初版1967年)。

柳田民俗学の特徴
文献中心主義批判

國男は『郷土生活の研究法』(1935年)のなかで「在来の史学の方針に則り、今ある文書の限りによって郷土の過去を知ろうとすれば、最も平和幸福の保持のために努力した町村のみは無歴史となり、我邦の農民史は一揆と災害との連鎖であった如き、印象を与へずんば止まぬこととなるであろう」と述べている。

ここでは、文献史学においては典拠とする史料そのものに偏りが生まれるのは避けられないとしており、それゆえ公文書などに示された一揆や災害とかかわる民衆の姿をそこで確認できたとしても、その生活文化総体は決して見えてこないという認識が示されている。「常民」の生活文化史の解明を目的とする民俗学にとっては文献資料にのみ依拠することには限界と危険が伴うのであり、それゆえフィールドワークによる民俗資料の収集が重要だと論じている。
柳田國男と歴史学

和歌森太郎『柳田国男と歴史学』(NHKブックス)によれば、國男の問題意識と関心は、常に歴史学と歴史教育にあったことが記され、國男が長野県東筑摩郡教育会で「青年と学問」と題して講演した際に、「自分たちの一団が今熱中している学問は、目的においては、多くの歴史家と同じ。ただ方法だけが少し新しいのである」と述べたことが紹介されている。そして「日本はこういうフォークロアに相当する新しい方法としての歴史研究をなすには、たいへんに恵まれたところである」としている。

たとえば、ヨーロッパでは1000年以上のキリスト教文明と民族大移動、そしてまた近代以降の産業革命の進展のためフォークロア(民間伝承、民俗資料)の多くが消滅ないし散逸してしまっているのに対し、日本ではそのようなことがなく現実のいたるところに往古の痕跡が残っているというのである。

言い換えれば日本にはフォークロアを歴史資料として豊かに活用できる土壌があるということであり、柳田民俗学とはこのような民間伝承の歴史研究上の有効性を所与の条件として構築されたものということができるのである。
柳田批判

日本民俗学の祖としての功績は非常に高く評価できる反面、彼自身の性格と手法によって切り捨てられた民俗があることも指摘されている。例えば性に関する民俗は言及を避けた。國男が意図的に無視した漂泊民、非稲作民、被差別民、同性愛を含む性愛、超国家的民俗などの解明は同時期に宮本常一によって多くの先駆的研究が為された他、網野善彦によって歴史学の分野でも注目を集めた。

一方、柳田を学者としてとらえるならば、その学説は適宜取捨選択されるべきものであるが、「民俗学」ではなく「柳田学」「折口学」「南方学」のような「学者学」に陥り、個人崇拝となる傾向が顕著であり、あたかも民俗学者を文学者のごとくに捉える現在の学界のあり方も批判されている。
代表作(一部)

* 『遠野物語』

東北地方の伝承を記録した、柳田民俗学の出発点。新版が角川ソフィア文庫・岩波文庫で刊行。(話者:佐々木喜善、『聴耳草紙』、新版ちくま学芸文庫)、なお「佐々木喜善全集 (全3巻)」は遠野市立博物館で編・刊行。

* 『蝸牛考』

各地のカタツムリの呼び名の方言分布を比較検討することにより、言葉が近畿から地方へ伝播していったことを明らかにしたもの。この中で提唱された理論が方言周圏論である。言葉は文化的中心地を中心として、まるで何重もの円を描くように周辺へと伝播し、中心地から遠く離れた地方ほど古い言葉が残っていることを示したものである。柳田自身は晩年になって、「あれはどうも成り立つかどうかわかりません」と発言し、方言周圏論に懐疑的になっていたといわれる。しかし、彼の死後6年経って刊行されはじめた国立国語研究所の『日本言語地図』では、「牝馬」「もみがら」など、調査した言葉のおよそ27%に周圏分布が見られ、方言周圏論が有効な理論であることが確認された。

* 『桃太郎の誕生』

昔話の解析を通して、日本社会の断面図を描こうとしたものだが、この手法は民俗・民族学、文化人類学に応用され多くの後継者を生み出した。(例:中野美代子『孫悟空の誕生』 岩波現代文庫)

* 『海上の道』(沖縄・先島諸島の旅行記が『海南小記』)

日本文化が沖縄諸島から南島づたいに伝播してきたという考察。沖縄には稲作文化が無かったことから発表当初は否定されたが、近年の考古学的・言語学的調査などにより南方からの影響もそれなりにはあったとされる(稲作#日本への伝来参照)。ただ、日本列島の文化を後に構成した要素の多くはやはりユーラシア大陸からもたらされたと近年では考えられている。また國男の「海上の道」論の背景には植民地問題もあったと指摘する研究もある。(例:村井紀『南島イデオロギーの発生―柳田国男と植民地主義』、岩波現代文庫)

全集・文庫

* 筑摩書房版の「全集」は、以下刊行。
o 『定本柳田國男集』(全31巻別巻5)は、没する寸前に始まり、短期間で完結した(※別巻1.2巻は「朝日新聞論説集」、3巻は「故郷七十年[8]、同増補」、4巻は「炭焼日記・書簡ほか」、5巻は「総索引、年譜」)新装版も刊行。
o 1980-82年に、資料編全5巻(内容は基本文献の項目を参照)を増補し再刊行。同時期に読み易い『新編 柳田国男集 (全12巻)』も出された。
o 1989-91年に、ちくま文庫で『柳田國男全集 (全32巻)』が刊行され、大いに反響を呼んだ。
o 1997年より、新版『柳田國男全集』が全36巻別巻2(年譜・総索引)予定で刊行中で、10数年を経て資料編(日記・書簡集)を含め、残り数巻で足踏み状態(2006年6月以降未刊行だったが、2010年9月に第22巻が刊行)が続き、完結にはなお相当の期間がかかる。
* 文庫判はかつて、角川文庫で約20冊出版されていた。現在は岩波文庫(一部改版)、講談社学術文庫、ちくま文庫で、各5~10冊が版元在庫している。近年は、歴史的仮名遣いで新学社『近代浪漫派文庫16.柳田國男』が、講談社文芸文庫で『柳田國男文芸論集』(巻末に書誌・年譜)が刊行。

書誌

著作の詳しい書誌解説。

* 後藤総一郎編 『柳田国男をよむ 日本人のこころを知る』 アテネ書房、1995年-入門書
* 田中正明編著 『柳田國男書目書影集覧』 岩田書院、1994年
o 同編 『柳田國男の書物 書誌的事項を中心として』 岩田書院 2003年-各大著

家族・親族
松岡家兄弟ら(前列右より、松岡鼎、松岡冬樹〔鼎の長男〕、鈴木博、後列右より、柳田國男、松岡輝夫〔映丘〕)

* 養父:柳田直平 - 元大審院判事
* 実父:松岡賢次 - 儒者、医者
* 兄
o 松岡鼎 - 医師
o 松岡俊次(早世)
o 井上通泰(松岡泰蔵) - 国文学者、歌人、医師
o 松岡芳江(早世)
o 松岡友治(早世)
* 弟
o 松岡静雄 - 海軍大佐、言語学者・民族学者
o 松岡輝夫(松岡映丘) - 日本画家
* 妻の姉:木越安綱陸軍中将(男爵)の妻
* 妻:孝 - 柳田直平四女

参考文献

※あくまでごく一部で、品切れ絶版を多く含む。評伝研究は数百冊を数える。
基本文献

* 『定本柳田國男集 資料集』、『4.年中行事図説』、『5.柳田國男写真集』、筑摩書房
 大藤時彦、柳田為正編、1980-81年、岩崎美術社でも刊行。※『同1』は月報合本(初版)。  
* 宮田登編 『柳田国男対談集』 ちくま学芸文庫、1992年、復刊2010年
 元版は筑摩叢書(全2巻)、初版1965-66年、復刊1985年/新版 『資料集2・3.柳田國男対談集』
* 柳田為正 『父柳田国男を想う』 筑摩書房、1996年
* 堀三千 『父との散歩-娘の眼に映じた柳田国男』 人文書院、1980年。著者の夫は堀一郎
* 谷川健一編 『父を語る 柳田国男と南方熊楠』 冨山房インターナショナル、2010年 
* 臼井吉見編 『柳田国男回想』 筑摩書房、1972年 
* 神島二郎編 『柳田国男研究』 筑摩書房、1973年
* 後藤総一郎編 『人と思想 柳田国男』 三一書房、1972年
* 大藤時彦 『柳田国男入門』 筑摩書房、1973年
* 牧田茂編 『評伝柳田国男』 日本書籍、1979年-大藤・牧田は直弟子
* 牧田茂 『柳田国男』 中公新書、1972年-※以下は入門書
* 谷川健一 『柳田国男の民俗学』 岩波新書、 2001年
* 宮田登編・評伝 『新潮日本文学アルバム5 柳田国男』 新潮社、1984年
* 鶴見太郎 『柳田国男入門』 〈角川選書429〉角川学芸出版、2008年
* 鶴見太郎 『民俗学の熱き日々-柳田国男とその後継者たち』 中公新書、2004年
* 赤坂憲雄 『柳田国男の読み方-もうひとつの民俗学は可能か』 ちくま新書、1994年 
* 河出書房新社編 『文芸読本 柳田国男』、1975年、新装版1984年-代表作の抜粋を収む
* 河出書房新社編 『新文芸読本 柳田國男』、1992年-それぞれ異なった内容 

研究文献

* 田中正明編 『柳田國男 私の歩んできた道』 岩田書院  2000年
o 同編・解説 『柳田國男の絵葉書 家族にあてた二七〇通』 晶文社、2005年
* 柳田為正、千葉徳爾ほか編 『柳田国男談話稿』 法政大学出版局、1987年
* 高藤武馬 『ことばの聖  柳田国男先生のこと』 筑摩書房、1983年-全集の担当編集者
* 大藤時彦 『日本民俗学史話』 三一書房、1990年-遺著
* 『谷川健一全集第18巻 柳田国男』 冨山房インターナショナル、2008年
o 『谷川健一著作集第3巻 民俗学篇3-柳田学と折口学』 三一書房 1983年

* 赤坂憲雄 『山の精神史-柳田国男の発生』、『漂泊の精神史』、『海の精神史』 小学館、1991-2000年
* 大室幹雄 『ふくろうと蝸牛 柳田国男の響きあう風景』 筑摩書房、2004年
* 船木裕 『柳田国男外伝 白足袋の思想』 日本エディタースクール出版部、1991年
* 井口時男 『柳田国男と近代文学』 講談社、1996年
* 岡谷公二 『殺された詩人-柳田国男の恋と学問』 新潮社、1996年
o 岡谷公二 『柳田国男の青春』 筑摩書房、1977年/筑摩叢書、1991年 
o 岡谷公二 『貴族院書記官長 柳田国男』 筑摩書房 1985年  
* 鶴見和子 『漂泊と定住と 柳田国男の社会変動論』 筑摩書房 1977年
o 増補改訂版 『鶴見和子曼荼羅コレクション4 土の巻 柳田国男論』 藤原書店、1998年
* 橋川文三 『柳田国男論集成』、作品社、2002年
o 旧版 『柳田国男-その人間と思想』 講談社学術文庫、1977年
* 吉本隆明 『柳田国男論・丸山真男論』 ちくま学芸文庫、2001年
o 吉本隆明 『柳田国男論集成』 JICC出版局 、1990年
o 吉本隆明 『定本柳田国男論』 洋泉社 、1995年 上記は、この2冊からの抄版。
* 和歌森太郎 『柳田国男と歴史学』 NHKブックス:日本放送出版協会、1975年
* 中村哲 『柳田国男の思想』 法政大学出版局 新版1985年、講談社学術文庫上下、1977年
* 『宮田登 日本を語る15.民俗学を支えた人びと』 吉川弘文館、2007年
* 桜井徳太郎 『私説柳田國男』 吉川弘文館 2003年-著者は晩年の弟子の一人
* 福田アジオ 『柳田国男の民俗学』 〈歴史文化セレクション〉吉川弘文館、2007年
* 伊藤幹治 『日本人の人類学的自画像 柳田国男と日本文化論再考』 筑摩書房、2006年
o 同 『柳田国男と文化ナショナリズム』 岩波書店、2002年-晩年の弟子の一人
* 川田稔 『柳田国男 その生涯と思想』 〈歴史文化ライブラリー19〉吉川弘文館、1997年
o 同 『柳田国男のえがいた日本 民俗学と社会構想』 未來社、1998年-柳田論は同社で他3冊。
* 千葉徳爾 『柳田国男を読む』 東京堂出版、1991年
* 佐伯有清 『柳田国男と古代史』 吉川弘文館、1988年
* 松本三喜夫 『柳田国男と民俗の旅』 吉川弘文館、1992年-他数冊がある。

* 『柳田国男事典』 野村純一・三浦佑之ほか編 勉誠出版 1998年
* 柳田国男研究会編 『柳田国男伝』 三一書房 1988年  柳田研究の大著
o 『柳田国男 ジュネーヴ以後』 三一書房 1996年-続編は2009年までに、数社で5冊刊行。
* 後藤総一郎 『柳田国男論』 恒文社 1987年-著者は柳田国男研究会代表だった。
o 後藤総一郎編 『柳田国男研究資料集成』(全20巻別巻2) 日本図書センター、完結1987年
* 日本文学研究資料刊行会編 『柳田国男 日本文学研究資料叢書』 有精堂出版、1976年
* 後藤総一郎監修 『ビデオ・学問と情熱.9 柳田國男』 紀伊國屋書店、1998年

2008年に、DVD『学問と情熱 柳田國男-民俗の心を探る旅』で再版された。

* 「柳田国男・詩人の魂」 語り手・吉増剛造 2006年3月

NHK教育テレビ、『知るを楽しむ・私のこだわり人物伝』テキスト

関連項目

* 福崎町立神崎郡歴史民俗資料館
* 有賀喜左衛門
* 佐々木喜善
* 中村吉治
* 岡茂雄
* 渋沢敬三
* 正宗白鳥 
* 和辻哲郎
* 嘉治隆一 
* 赤松啓介
* 大塚英志
* 石井正己-全集編集委員
* 佐藤健二-同上、他は伊藤幹治・後藤総一郎・宮田登・赤坂憲雄・小田富英
* 東雅夫
* 鎌田東二
* 越知川
* 牧口常三郎
* イタコ、サンカ

脚注
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1. ^ 「故郷七十年」より、『柳田國男 ちくま日本文学全集』 431-432頁、新版ちくま文庫(抄版)
2. ^ 後年に、赤松宗旦 『利根川図志』(岩波文庫、初版1938年、度々復刊)を校訂解説した。本書は安政5年(1858年)に書かれた博物地誌
3. ^ 岡谷公二 『殺された詩人 柳田国男の恋と学問』(新潮社、1996年)に詳しい。
4. ^ 岩波文庫旧版で、根岸鎮衛 『耳嚢(耳袋)』全1巻を校訂している。解題新版は『柳田国男集 幽冥談』(東雅夫編、ちくま文庫)に収録。
5. ^ 水野葉舟 『遠野物語の周辺』(国書刊行会、2001年)の解題、横山茂雄 「怪談への位相」より。
6. ^ 『柳田国男・南方熊楠往復書簡集』(平凡社「南方熊楠選集 別巻」、新版平凡社ライブラリー 上下)参照。
7. ^ 上司の議長徳川家達(徳川宗家)との不和衝突が原因で、官界を辞め立身出世から外れ、以後学者として高名を挙げていった。
岡谷公二『貴族院書記官長 柳田国男』(筑摩書房、1985年)や、山本一生『恋と伯爵と大正デモクラシー 有馬頼寧日記 1919』(日本経済新聞出版社、2007年)に詳しい。
8. ^ 『故郷七十年』は柳田晩年の口述回想で、神戸新聞記者の宮崎修二朗が筆記しまとめた。現行は『故郷七十年 新装版』(のじぎく文庫・神戸新聞総合出版センター、2010年)。なお宮崎も、『柳田国男その原郷』(朝日選書、1978年)を著した。

外部リンク

* 成城大学|民俗学研究所|柳田國男について
* 柳田國男の世界
* 柳田國男の生家
* 財団法人柳田國男・松岡家顕彰会
* 柳田文庫(慶應義塾大学言語文化研究所)
* 柳田國男記念公苑(茨城県利根町)
* 日本民俗学会
* 飯田市美術博物館―柳田國男館
* 柳田國男 作品リスト(近代デジタルライブラリー)
* 柳田国男の会(東京大学大学院 人文社会系研究科 社会学 佐藤健二研究室内)
 

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          お祭り写真集は右側のリンクからご覧ください

 2011年4月23日に撮った愛媛県西条市明屋敷の西条高校周辺のお堀のツツジです。

西条市 ツツジ 西条高等学校(西条高校) お堀の躑躅 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市 ツツジ 西条高等学校(西条高校) お堀の躑躅 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


西条市 ツツジ 西条高等学校(西条高校) お堀の躑躅 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日

西条市 ツツジ 西条高等学校(西条高校) お堀の躑躅 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月23日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「ツツジ(躑躅)」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
      ------------------------------------------------------------------------

      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●岩瀬郡(いわせぐん)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E7%80%AC%E9%83%A1

岩瀬郡(いわせぐん)は、福島県西部(岩代国)の郡。古くは石背郡とも書いた。人口19,086人、面積256.81km^(2)、人口密度74.3人/km^(2)。(2011年2月1日、推計人口)

以下の1町・1村を含む。

* 鏡石町(かがみいしまち)
* 天栄村(てんえいむら)

沿革

* 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行に伴い以下の町村が発足。(1町13村)
o 須賀川町、浜田村、仁井田村、西袋村、稲田村 (須賀川市)
o 長沼村、桙衝村 (長沼町 → 須賀川市)
o 白方村、白江村 (岩瀬村 → 須賀川市)
o 鏡石村 (鏡石町)
o 牧本村、湯木村 (天栄村)
o 大屋村 (大信村及び天栄村 → 白河市及び天栄村)
o 広戸村 (天栄村及び矢吹町)
* 1901年(明治34年)6月7日 長沼村が町制施行して長沼町となった。(2町12村)
* 1949年(昭和24年)4月1日 大里村が大屋村から分立した。(2町13村)
* 1951年(昭和26年)4月1日 大屋村が岩瀬郡から西白河郡に移った。(2町12村)
* 1954年(昭和29年)3月31日 須賀川町、浜田村、西袋村、稲田村、石川郡小塩江村が合併して須賀川市となった。(1町9村)
* 1955年(昭和30年)
o 3月10日 仁井田村が須賀川市に編入された。(1町8村)
o 3月31日(1町3村)
+ 白方村と白江村が合併して岩瀬村となった。
+ 長沼町と桙衝村が合併して長沼町となった。
+ 広戸村の一部、西白河郡矢吹町、西白河郡中畑村、西白河郡三神村が合併して西白河郡矢吹町となった。
+ 広戸村の一部、牧本村、湯木村、大里村が合併して天栄村となった。
* 1962年(昭和37年)8月1日 鏡石村が町制施行して鏡石町となった。(2町2村)
* 2005年(平成17年)4月1日 長沼町、岩瀬村が須賀川市に編入した。(1町1村)
 

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