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 2010年10月15日、 西条市総合福祉センター前を運行する西新町だんじり(屋台・楽車)です。

西条祭り2010 西新町だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西条市総合福祉センター前にて 2010年10月15日

西条祭り2010 西新町だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西条市総合福祉センター前にて 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


西条祭り2010 西新町だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西条市総合福祉センター前にて 2010年10月15日

西条祭り2010 西新町だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西条市総合福祉センター前にて 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


西条祭り2010 西新町だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西条市総合福祉センター前にて 2010年10月15日

西条祭り2010 西新町だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西条市総合福祉センター前にて 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「2010 西条祭り関係」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●滋賀県道45号石原八日市線(しがけんどう45ごういしわらようかいちせん)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%8B%E8%B3%80%E7%9C%8C%E9%81%9345
%E5%8F%B7%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E5%85%AB%E6%97%A5%E5%B8%82%E7%B7%9A
Japanese Route Sign Number 4.svgJapanese Route Sign Number 5.svg

滋賀県道45号石原八日市線(しがけんどう45ごういしわらようかいちせん)は、滋賀県蒲生郡日野町石原を起点に東近江市蛇溝町交点に至る12.4kmの主要地方道である。

概要

東近江市内に入って大凧通り - 布引街道と変わる。
通過する市町村

滋賀県蒲生郡日野町 - 東近江市 - 日野町 - 東近江市
接続道路

国道477号
滋賀県道524号桜川西中在寺線
滋賀県道46号八日市蒲生線
滋賀県道170号高木八日市線(布引街道)
滋賀県道13号彦根八日市甲西線

沿線

石原神社
白鬚神社
壺焼谷遺跡
京セラ滋賀工場八日市ブロック
東近江市布引運動公園
東近江市立布引小学校

関連項目

滋賀県の県道一覧
 
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 2011年4月25日に撮った愛媛県西条市明屋敷の西条高校周辺のお堀の鳩(ハト)です。

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト) 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月25日

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト) 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月25日
NIKON D7000 + NIKON AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-300mm F4.5-F5.6G (IF)


      ●私が撮った「ハト(鳩)」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
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●豆知識●

●橘通り(たちばなどおり)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E9%80%9A%E3%82%8A
_%28%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E5%B8%82%29

曖昧さ回避 この項目では、宮崎市の橘通りについて記述しています。他で同名の橘通りという名の通りについては「橘通り」をご覧ください。

橘通り(たちばなどおり)は、宮崎県宮崎市の市役所前交差点から江平五差路に至る約1.8kmの区間の道路の通称。名称は橘橋に由来する。特に市役所前交差点から橘通三丁目交差点間の約900mは宮崎市の中心的な繁華街である。これに関連する都市計画道路橘通線、町名の橘通東一丁目~五丁目・橘通西一丁目~五丁目も本項で扱う。
市役所前交差点から橘通一丁目方向

概要

宮崎市のメインストリートであるが、各区間ごとに機能が分化しており異なる性格を持つ。橘通東・西一~二丁目は古くからの個人商店やホテルが目立つ。恵美須通りとの交差点を通過すると、宮崎市の中心市街地として百貨店や複合商業ビルが立地する同三丁目となり、歩行者通行量が最も多くなる。一歩路地裏に入ると、道幅の狭い中小の商店街が網の目のように走っている。橘通三丁目交差点を越えると、金融機関の集積するオフィスビルやマンションが立ち並ぶ同四丁目、さらに北進するとマンションやホテルに加え各種卸商が集まる同五丁目となり、ほどなく江平五差路に達する。なお、各歩道側の1車線は7時~9時・17時~19時は全区間においてバス専用レーンとなっている。
構成する沿道の商店街

橘通1丁目商店街
橘通2丁目商店街
橘通名店街
橘通三番街商店街
橘通中央商店街

沿革

明治時代までは赤江港を擁する大淀川南岸の中村・城ヶ崎が繁華街であったが、中心となる輸送手段が船舶から鉄道へと変遷するにつれ次第に大淀地区の地位が低下、中心市街地は県庁のある北岸へと移動する。しかし戦前までは現在の橘通東・西一丁目・二丁目や旭通りがその中心であった。1950年代には橘通五丁目(現橘通東・西三丁目)周辺に映画館、橘百貨店のオープンや宮崎山形屋の移転も相次いだ。橘通西・東三丁目が今日のような賑わいを見せるのはこのころからである。しかし1990年代以降はモータリゼーションの進展により郊外型店舗の進出が加速し、橘通りの通行者は減少傾向にある。
橘通三丁目交差点付近

1952年 - 橘百貨店が橘通五丁目(現・橘通西三丁目)に開業
1956年 - 宮崎山形屋が橘通五丁目(現・橘通東三丁目)に移転
1963年 - 宮崎市役所が橘通一丁目(現・橘通西一丁目)に移転
1965年 - デパート前交差点のロータリーを撤去
1967年 - ワシントニアパームの植栽された中央分離帯が設置され、ほぼ現行の幅員構成となる
1973年 - 一丁目~三丁目の歩道部にアーケードが完成
1973年 - 宮崎寿屋百貨店が橘通東四丁目に開業
1984年 - MRT miccが橘通西四丁目に開業(宮崎放送が移転)
1990年 - 新アーケードが完成
2003年 - 宮崎寿屋百貨店がカリーノ宮崎に業態転換
2006年 - 宮崎山形屋が新館をオープン

イベント

まつりえれこっちゃみやざき(毎年8月上旬)では、橘通りに様々なステージを設け、ダンスコンテストや市民総おどりが行われる。
宮崎神宮大祭(毎年10月下旬)では、一日目は神宮から御旅所(大淀・瀬頭の隔年交代)へ、二日目は御旅所から神宮へ向けて橘通りを神賑行列が練り歩く。
橘通りをはじめ、一番街や若草通などの中心市街地エリア一帯では、毎年11月から年末にかけて約30万個の電球を用いたイルミネーションが灯される。

橘通線(都市計画道路)

都市計画道路(宮崎広域都市計画道路3・2・1号橘通線)としては、一般に理解されている通称の橘通りの区間のみならず、橘橋南詰交差点を起点とし、橘橋、橘通り、江平通り、宮崎北バイパス、旧国道10号を経て芳士交差点に至る区間を指す。
交差する主な道路

橘橋南詰交差点
市役所前交差点(宮崎県道26号宮崎須木線)
県庁前交差点(宮崎県道11号宮崎島之内線)
橘通三丁目(橘通四丁目)交差点(国道10号・宮崎県道25号宮崎停車場線、通称高千穂通り)
江平五差路
一の鳥居交差点(宮崎県道44号宮崎高鍋線)
神宮駅前交差点(国道10号宮崎北バイパス・宮崎県道332号宮崎神宮線)
芳士交差点(宮崎県道9号宮崎西環状線)

橘通(町名)

町名として橘通が誕生したのは1927年である。橘通一丁目から橘通六丁目まで橘通りを挟んだ格好で町域を形成していたが、1966年第1次住居表示により橘通東、1969年には第2次住居表示により橘通西の各町名が設定され、橘通りを境界に町域が分離された。なお、当初の案では東と西を分離せず住居表示を実施する予定であった。
町名の変遷
住居表示実施後 住居表示実施前(各町名ともその一部)
橘通東一丁目 橘通一丁目、旭通一丁目、川原町、別府町
橘通東二丁目 橘通二丁目、橘通三丁目、別府町
橘通東三丁目 橘通四丁目、橘通五丁目、広島通三丁目、高千穂通二丁目、別府町
橘通東四丁目 橘通五丁目、橘通六丁目、東雲町一丁目、東雲町二丁目、丸島町一丁目、丸島町二丁目、高千穂通二丁目
橘通東五丁目 橘通六丁目、東雲町二丁目、東雲町三丁目、丸島町二丁目、丸島町三丁目、江平町一丁目
橘通西一丁目 橘通一丁目、上野町二丁目、上野町三丁目
橘通西二丁目 橘通二丁目、橘通三丁目、西橘通、上野町一丁目
橘通西三丁目 橘通四丁目、橘通五丁目、西橘通、高千穂通三丁目
橘通西四丁目 橘通五丁目、橘通六丁目、二葉町、高千穂通三丁目
橘通西五丁目 橘通六丁目、二葉町、原町、江平町一丁目
橘通り公園化計画
Gnome globe current event.svg
この節は現在進行中の事象を扱っています。記事の内容は最新の情報を反映していない可能性があります。

宮崎市では現在「宮崎市中心市街地活性化計画」を進めており[1][2] 、主要項目として「橘通りの公園化」を掲げている。環境空間の改善により健全な文化を育ませ、車から人間中心の街へと転換するのを目的する。

その手段として国道220号の4車線化(片側2車線化)計画が進められ、2008年11月9日・16日(いずれも日曜日)に社会実験を実施した[3][4]が、住民アンケートで反対意見が多数を占めたため事実上断念した[5]。

宮崎市側は4車線化を可能とする根拠として、国道269号加納バイパスの全線開通(2008年7月)により橘通りの交通量が減少することを挙げていたが[6]、2008年1月末には宮崎県警察から渋滞発生を懸念する声が挙がり[7]、2008年11月9日の社会実験では懸念が現実化した[8]。実験前の2008年2月に宮崎日日新聞が実施した1,000人アンケートでは6割の住民が反対し[9]、宮崎放送 (MRT) が実験後の2008年11月にインターネット・FAXで意見を募った結果も大半が反対であった[10]。

愛みやざきの武井俊輔が「橘通りの公園化と国道220号の4車線化はイコールの関係ではない」としているように、「国道220号の4車線化」はあくまでも手段のひとつである[11]。
脚注

^ 山本哲也「宮崎市中心市街地活性化基本計画について」 (PDF) 『新都市』2007年9月号、108-113頁、都市計画協会。
^ ご存知ですか? 『橘通り公園化』社会実験の検討を! 宮崎市公式ウェブサイト、2008年2月20日更新、同年2月25日閲覧。
^ 【橘通り公園化の社会実験】宮崎ケーブルテレビ1ch市広報みやざき10月放送分掲載について 宮崎市公式ウェブサイト、2008年10月12日閲覧。宮崎ケーブルテレビで放映されたものが動画として公開されている。この時点では11月3日・16日の予定であった。
^ 11月9日・16日に橘通り公園化の社会実験(ステップ2)を開催します! 宮崎市公式ウェブサイト、2008年11月4日更新、同年11月10日閲覧。本来は11月3日の予定であったが雨天のため9日に延期した。
^ 商店街賛否、市民は歓迎 橘通り2車線化断念 宮崎日日新聞、2009年3月13日。
^ 『朝日新聞』2008年1月30日、宮崎版。
^ 宮崎県知事定例記者会見(2008年2月4日) 宮崎県庁ホームページ。日本経済新聞記者による質問。
^ 一部で予測超す渋滞 初の橘通り2車線化実験 宮崎日日新聞、2008年11月10日。
^ 車線減「反対」6割 宮崎市の橘通り公園化構想 宮崎日日新聞、2008年2月25日1面。
^ 社会実験を終えた宮崎市の「橘通り片側2車線化」についてどう思う? - 県民の意見募集 MRTイブニング・ニュース公式サイト内、2008年11月29日閲覧。
^ 街のカタチ -橘通2車線化について- 武井俊輔ホームページ内日記、2008年1月17日更新、同年2月25日閲覧。

関連項目

西橘通り
橘橋
橘公園通り
 

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 2009年8月1日に撮った、愛媛県今治市の今治おんまく祭り2009ダンスバリサイでのHot☆Babiesです。

(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日

 Hot☆Babies(ダンスバリサイ)
(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日

 Hot☆Babies(ダンスバリサイ)
(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日

 Hot☆Babies(ダンスバリサイ)
(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日

 Hot☆Babies(ダンスバリサイ)
(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日

 Hot☆Babies(ダンスバリサイ)
(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日

 Hot☆Babies(ダンスバリサイ)
(今治市の祭り 2009) Hot☆Babies ダンスバリサイ 今治おんまく祭り2009 広小路・今治商店街 愛媛県今治市 2009年8月1日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「踊り・ダンス」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●新高山城(にいたかやまじょう)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%9F%8E

新高山城(にいたかやまじょう)は、現在の広島県三原市本郷町に建てられた城。国の史跡。

新高山城
(広島県)
新高山城の井戸
新高山城の井戸
城郭構造 山城
天守構造 建造されず
築城主 小早川隆景
築城年 天文21年(1552年)
主な改修者  
主な城主 小早川隆景
廃城年 慶長元年(1596年)
遺構 石垣、堀、土塁
指定文化財 国の史跡

概要

小早川氏の居城は代々沼田川(ぬたがわ)の対岸にあった高山城であったが、沼田小早川家を継いだ小早川隆景は、天文21年(1552年)、沼田川を挟んだ対岸に新高山城を築き、慶長元年(1596年)に三原城へ移るまで小早川氏の本拠とした。三原城の築城の際、石垣などを持ち去ったといわれている。

本丸、中の丸、西の丸、北の丸、釣井の段、鐘の段などの櫓跡が残存するほか、小早川家の菩提寺であった匡真寺(きょうしんじ)の跡がある。

三原市本町の宗光寺山門(国の重要文化財)は新高山城の大手門を移築したものと伝えるが異説もある。
関連項目

日本の城一覧
中国地方の史跡一覧

外部リンク

国指定文化財等データベース
 

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 2010年10月26日に撮った、愛媛県西条市北浜北の北浜漁港の夕景色です。

北浜漁港の夕景色 愛媛県西条市新堀下より 2010年10月26日

北浜漁港の夕景色 愛媛県西条市新堀下より 2010年10月26日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「夕日・朝日・夜景」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●巨田神社(こたじんじゃ)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A8%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE

巨田神社(こたじんじゃ)は、宮崎県宮崎市佐土原町にある神社。古名は巨田八幡宮で旧社格は郷社。本殿が国の重要文化財。

巨田神社
所在地 宮崎県宮崎市佐土原町上田島10732-1
位置 北緯32度03分28.1秒
東経131度24分13.4秒
主祭神 誉田別命
大帯姫命
住吉三神
社格等 旧郷社
創建 伝天長8年(831年)
本殿の様式 三間社流造栃葺
別名 巨田八幡宮
例祭 11月15日

祭神

誉田別命(応神天皇)、大帯姫命(神功皇后)と、上筒男神、中筒男神、底筒男神の住吉三神を祀る。当初は天太玉命を祀っていたという[1]。
歴史

天長8年(831年)9月15日に飛箟原に白羽の矢1対が飛来したためそこに祠を建てたのが創祀と伝えるが不詳[1]。 初め天太玉命を祀っていたが、寛治7年(1093年)当地周辺に大分県の宇佐神宮の荘園である田島荘が設けられたのにともない、その分霊を勧請し、爾来巨田八幡宮と称されたが、古田宮と記される記録も残る。

中世には伊東氏の支配下にあり、またこの頃に巨田八幡宮の供僧と蓮光寺院主を兼任した例が見られる事から[2]、蓮光寺は巨田八幡宮の別当寺だったと考えられている。文安5年(1448年)に時の領主、佐土原祐賀(伊東祐堯の弟)によって再興され、永正5年(1508年)にも都於郡城主の伊東尹祐によって再興されている。天正6年(1578年)に日向国が島津氏の領土となってからは、島津家久が法華経一部を奉納するなど島津氏の信仰を集めた[3]。
例祭

毎年11月15日前後(かつては旧暦9月15日)に秋の例祭があり、この時に「巨田神楽」が舞われる。その中の綱荒神の舞で登場して両断される藁製の大蛇は、水田に施せば稲がよく成長し、家畜に与えると無病息災になるとされる。なお巨田神楽は太平洋戦争中より舞手が減少し存亡の危機に瀕していたが、昭和46年(1971年)に地元有志により巨田神楽保存会が結成され存続している。
社殿

文安5年11月8日に本殿が建立され、その際の棟札には、大檀那として佐土原祐賀の名が記されている。永正5年に修造が行なわれ、現本殿は天文16年(1547年)の建立、その後文禄5年(1596年)に島津豊久、慶長18年(1613年)に佐土原藩主の同忠興によってそれぞれ修造が行なわれている。現本殿は三間社流造栃葺(当初は板葺)、木部は朱色に塗られており、南九州では数少ない室町時代中期の建造物で地方的崩れも見られず[4]、昭和53年(1978年)に国の重要文化財(建造物)に指定された。

貞享3年(1686年)に摂社今宮社、享保12年(1727年)に摂社若宮社が本殿の左右に建立されたが、ともに一間社の流見世棚造鉄板葺で、昭和58年(1983年)に宮崎県の有形文化財(彫刻)に指定されている。
文化財

件名に続く括弧内は指定年月日。

重要文化財

本殿(附 棟札22枚)(昭和53年5月31日)

宮崎県文化財

摂社若宮社・今宮社(昭和58年1月21日)

その他

近接する巨田大池では、佐土原藩藩士が鍛錬のために鴨狩を行なっていた。かつては朝夕の巣の出入りを狙って30の猟場が作られていたが、この伝統猟は昭和初期に一時休止した。昭和34年(1959年)に保存会を結成して再開され、夕方に飛立つ鴨を待ち伏せて鴨網で捕る。現在もこの猟法が行われている地域は種子島や石川県など数少ない。
脚注

^ a b 『宮崎県神社誌』。
^ 正安4年(1302年)9月5日付伊東祐義下文。
^ 天正10年(1582年)11月7日付島津家久祈祷立願大光寺覚書。
^ 宮崎県教育委員会文化財課、「巨田神社本殿」(みやざきデジタルミュージアム)(平成22年11月26日閲覧)。

参考文献

『宮崎県神社誌』、宮崎県神社庁、昭和63年
『宮崎県の地名』(日本歴史地名大系46)、平凡社、1997年ISBN 4-582-49046-8

交通

JR九州日豊本線 佐土原駅よりタクシーで15分

外部リンク

巨田神社本殿(文化庁、文化遺産オンライン建造物修復アーカイブ)
 

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 2010年10月21日、愛媛県四国中央市寒川町35-5にあるマルナカ三島店で行われた夜太鼓での江之元八幡丸(お船)です。

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


■以下は、以前にアップした江之元八幡丸です

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓 江之元八幡丸(お船) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「伊予三島太鼓祭り」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
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      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●備後都市圏(びんごとしけん)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99%E5%BE%8C%E9%83
%BD%E5%B8%82%E5%9C%8F

備後都市圏(びんごとしけん)とは、旧備後国南部福山市を中心に、旧備中国西南部である岡山県西部や旧安芸国の一部地域に及ぶ都市群の総称、または多核交流圏のこと。備後都市圏に含まれる代表的な自治体は、広島県福山市・尾道市・三原市・岡山県笠岡市・井原市など。

岡山都市圏・備後都市圏・高松都市圏などを主要都市圏とする経済地域については「東瀬戸経済圏」を参照。

概要

備後都市圏は、歴史的に備後エリアは旧吉備国に属していた関係上、広島県と岡山県にまたがって存在し、令制国も異なるため、広島県庁の定義では広島県内部分のみを指すこともある。しかし、実際は旧備中国南西部の岡山県井笠地方とも一体的な交流圏を構築している。そのため、県庁の定義に則って備後・井笠都市圏と、複数の都市圏による複合都市圏のような呼ばれ方をされる場合もある。

この地域では、福山市が中心都市となり、福山都市圏を形成している。福山都市圏は、広島県東南部と岡山県西南部にまたがり、人口約72万人を擁する(都市雇用圏)。この定義では、全国22番目の規模となるが、県庁所在地以外の都市圏に限ると全国で4番目の規模である。
定義
福山都市圏

人口 : 715,719人

福山市を中心とする都市雇用圏(10%通勤圏)の構成市町を以下に列挙する(統計値はいずれも2000年12月31日のもの)。現在は、市町村合併によって、福山・尾道・府中・笠岡・井原の5市(太字)に集約されている。編入合併をした町は斜字 で表す。なお、この都市圏の広島県部分は、全域が「福山地方拠点都市地域」に指定されている。

※福山市への通勤・通学人口(地図)

広島県
福山市(378,789人)
芦品郡新市町 (21,695人)2003年2月3日に福山市に編入
沼隈郡内海町 (3,431人)2003年2月3日に福山市に編入
沼隈郡沼隈町 (12,632人)2005年2月1日に福山市に編入
深安郡神辺町 (40,361人)2006年3月1日に福山市に編入
尾道市(92,586人)
御調郡御調町 (8,111人)2005年3月28日に尾道市に編入
御調郡向島町 (16,710人)2005年3月28日に尾道市に編入
府中市(41,271人)(福山市の流出超過)
岡山県
笠岡市(59,300人)
井原市(34,817人)
後月郡芳井町 (6,016人)2005年3月1日に井原市に編入

府中市において、通勤者の数では、「福山市→府中市」(3436人)の方が、「府中市→福山市」(2584人)よりも多い(福山市からの流出超過)。しかし、府中市の通勤者の10%以上が福山市に通勤しているのに対し、福山市の通勤者の10%以上が府中市に通勤しているわけではないので、府中市は福山都市圏に入ると見なされる(工業都市である都市圏によく見られる例→北九州都市圏)。その他の市町は福山市への流入超過である。
福山地方拠点都市地域

「福山地方拠点都市地域」とは、1992年に施行された地方拠点法に基づき、広島県知事によって地域指定された地方拠点都市地域(地域指定1993年4月28日)。拠点都市を福山市とし、尾道市・府中市・御調町・向島町・沼隈町・神辺町の3市4町で構成される(指定時)。当地域の市町村合併に伴って指定地域は変遷しているが、現在、上記の福山都市圏における広島県部分全域(地図)の指定に変更されている(注:三原都市圏は含まれない)。
備後都市圏

備後都市圏とは、旧備後国とその周辺に存在する都市群の総称。何を指標にするかで定義域は異なる。
広域行政圏

備後都市圏は、県が設定している広域行政圏との関係で語られることがある。広島県庁が「備後都市圏」と言うときは、県境を意識して、広島県内の福山および尾三の両広域行政圏を合わせた地域(人口約80万人)を指すことが多い。福山市が「備後都市圏」というときは、広島県庁の定義の他、福山都市圏の広がりに則し、福山・尾三に加えて岡山県の井笠広域行政圏の3つの広域行政圏を指すのが一般的。

これら3つの広域行政圏の合計の人口は95万3106人(広島県[1]および岡山県[2]発表の2006年6月1日現在の推計人口)。以下にそれら広域行政圏の構成自治体を示す。斜体 は、上記の福山都市圏の構成市を示す(2000年当時と市域が異なるので、上記の各市の人口と異なる)。

岡山県・井笠広域行政圏(旧・井笠地方振興局の管轄地域)16万5500人
笠岡市 (56,857人)
井原市 (44,859人)
浅口市(37,343人)-岡山都市圏
小田郡矢掛町(15,646人)-岡山都市圏
浅口郡里庄町(10,795人)-岡山都市圏

広島県・福山広域行政圏(福山地域事務所の管轄地域)51万5756人
福山市 (459,465人)
府中市 (44,871人)
神石郡神石高原町(11,420人)

広島県・尾三広域行政圏(尾三地域事務所の管轄地域)27万1850人
尾道市 (149,269人)
三原市(103,825人)-三原都市圏 → 広島広域都市圏形成懇談会にも加入。
世羅郡世羅町(18,756人)→ 広島広域都市圏形成懇談会にも加入。

都市圏の変遷

現在「備後都市圏」と言われている地域には、複数の都市圏が存在してきた。交通インフラや社会の変化に従って、それら都市圏の枠組みも変化してきた。以下に、上記3広域行政圏の範囲における2000年までの都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷を示す。

※福山都市圏および三原都市圏の10%通勤圏に属していない町村は灰色で示す。さらに、どの周辺都市圏の10%通勤圏にも入っていない町村は、各統計年の欄で「-」で示す。

県 自治体
('80-'00) 1980年 1990年 1995年 2000年 自治体
(現在)
岡山県 美星町 - - - - 井原市
金光町 倉敷都市圏 倉敷都市圏 倉敷都市圏 岡山都市圏 浅口市
鴨方町
寄島町
矢掛町 矢掛町
里庄町 福山都市圏
51万7514人 福山都市圏
53万4641人 福山都市圏
72万9472人 里庄町
笠岡市 福山都市圏
71万5334人 笠岡市
井原市 井原市
芳井町
広島県 福山市 福山市
沼隈町
内海町
神辺町
新市町 府中都市圏
8万1420人 府中都市圏
7万7182人
府中市 府中市
御調町 尾道市
尾道市 尾道都市圏
12万1710人 尾道都市圏
11万5266人
向島町
三原市 三原都市圏
10万0586人 三原都市圏
10万2523人 三原都市圏
10万0791人 三原都市圏
9万8626人 三原市
久井町
本郷町
大和町 - - - -
甲山町 - - - - 世羅町
世羅町 - - - -
世羅西町 - - - -
上下町 - - - - 府中市
油木町 - - - - 神石高原町
神石町 - - - -
豊松村 - - - -
三和町 - - - -
瀬戸田町 - - 因島都市圏
4万6861人 因島都市圏
4万43775人 尾道市
因島市 因島都市圏
5万0733人 因島都市圏
3万39968人
愛媛県 弓削町 上島町
生名村
岩城村 - - -
魚島村 - - - -
由来・歴史
新尾道大橋から見た尾道市街

名称の備後とは当該地域の大部分が旧備後国であった事に由来するが、三原の西部地域は旧安芸国で笠岡や井原・浅口などは全域旧備中国である。

江戸時代までは、福山藩の藩庁や城下町が所在した福山、広島藩有数の港町であった尾道、江戸中期以降、幕府天領(倉敷代官所の支配地域)で港町だった笠岡が大いに栄えた。またその後の明治~昭和30年代初頭までは尾道が経済の中心都市的な役割を担っていたが、元来からの平地の狭さや、隣接の福山へ大規模製鉄所が立地した頃から逆転し、経済・行政・工業の中心的役割は福山に明け渡していった。
特色

中心都市である福山市以外にも尾道や三原は特に都市集積度は高い。また府中・笠岡・井原・浅口の各市も商業、製造業を中心に一定規模の集積がある。世羅は野菜や果物の一大生産地であると同時に備後中部の商業の中心的存在で、神石高原や矢掛は農業・畜産業が主体。里庄は笠岡や浅口と市街が連続しており、工業の集積が高い。当都市圏にあり、当該地域のみを管轄する企業の支店や国の出先機関も多い。また福山市や府中市を中心にトップシェア企業が多い。国内では静岡県浜松地域に次ぐ集積を誇る。

当都市圏地域は福山市と笠岡市への旧日本鋼管(現在のJFEスチール)の進出に伴い、国の備後工業整備特別地域に指定されていたため、鉄鋼や造船や繊維、電子産業など商工業分野での連携が強く、また観光事業や消防など行政間や民間では商工会議所との連携も深い。

なお、岡山県側の構成市町はご当地ナンバーとして「倉敷ナンバー」を採用するなど岡山県備中地域ないし岡山・倉敷都市圏への帰属意識も強いものの(ただし笠岡・井原住民を中心に倉敷ナンバーへの抵抗感が強い)そもそも備後都市圏と岡山・倉敷都市圏とは重複・連続しており、両都市圏に属する都市間相互の連携も少なくない。例えば、倉敷市・福山市・尾道市などは行政や観光協会・JR主導で3市共同観光キャンペーンを行ったりしたり、福山市と倉敷市は行政や経済団体間の交流も深い。また、山陽本線岡山・倉敷~福山間には快速列車「サンライナー」が走っており、両都市間を通勤・通学・買い物等で相互に繋がっている。これらのことより、両都市圏を合わせて、岡山・福山都市圏、岡山・備後都市圏、吉備都市圏、瀬戸内都市圏などとも称される(→東瀬戸経済圏参照)。
主要産業(当地域に本社を置く)

日東製網(福山市・東証1部上場・漁業用網製造)
福山通運(福山市・東証1部上場・大手運送業)
青山商事(福山市・東証1部上場・大手衣類販売)
エフピコ(福山市・東証1部上場・大手食品トレー製造販売)
リョービ(府中市・東証1部上場・電動工具・印刷機)
北川鉄工所(府中市・東証1部上場・機械)
自重堂(福山市・東証2部上場・衣類製造販売)
アシード(福山市・東証2部上場・自動販売機・酒類製造)
マナック(福山市・東証2部上場・化学品製造)
ローツェ(福山市・JASDAQ上場)
石井表記(福山市・東証2部上場)
オー・エイチ・ティー(福山市・東証マザーズ上場)
アドテック・プラズマテクノロジー(福山市・東証マザーズ上場・検査機器設計製造)
ハローズ(福山市・JASDAQ上場・地方スーパーストア)
北川精機(府中市・JASDAQ上場・プリント配線板成形プレス)
コーコス信岡(福山市・JASDAQ上場・衣類製造販売)
日本ホイスト(福山市・ホイストクレーン、駐車場製造)
ツネイシホールディングス(福山市・大手造船業)
ヒロボー(府中市・ラジコンヘリコプター製造)
シーピー化成(井原市・大手食品トレー製造販売)
タカヤ(井原市・電子部品製造)
アサムラサキ(福山市・調味料製造)
ヤスハラケミカル(府中市)
ジーベック(福山市・衣類製造販売)
丸善製薬(尾道市)
河原(尾道市)
森川観光(三原市・飲食業)
カイハラ(福山市・デニム製造大手)
ホーコス(福山市・ポンプ機器製造)
テラル(福山市・ポンプ機器製造)
備後漬物(福山市・漬物製造)
天野実業(福山市・フリーズドライ製品製造)
サンエス(福山市・衣類製造販売、電子部品製造)
タカヤ商事(福山市・衣類製造販売)
ビッグボーン(福山市・衣類製造販売)
広島化成(福山市)
早川ゴム(福山市)

主要産業(当地域に拠点を置く企業)

JFEスチール西日本製鉄所福山地区
シャープ 電子デバイス事業本部 福山工場・三原工場
日東電工 尾道工場
帝人 三原工場
三菱重工 三原製作所
三菱電機 福山製作所
横浜ゴム 尾道工場
日立造船 尾道工場

交通アクセス
空港

広島空港が三原市に所在 福山駅や尾道駅へはリムジンバスで約1時間
笠岡ふれあい空港が笠岡市に所在。遊覧飛行などを行っている。

新幹線

圏内にはJR山陽新幹線福山駅・新尾道駅・三原駅があり、福山駅~東京駅間はのぞみ利用で約3時間40分、福山駅~新大阪または小倉間はのぞみ、又はひかりで約1時間、福山駅~新尾道駅間はこだま利用で8分、また三原駅へは所要時間は15分。

在来線・私鉄

圏内のJR山陽本線には笠岡駅・大門駅・東福山駅・福山駅・備後赤坂駅・松永駅・東尾道駅・尾道駅・糸崎駅・三原駅・本郷駅がある。所要時間は福山駅~金光駅間25分、鴨方駅間22分、笠岡駅間13分、松永駅間9分、尾道駅間18分、三原駅間33分、本郷駅間38分。

JR福塩線は福山から福山北部を経て府中駅までの所要時間43分。府中北部の上下駅へは83分。
井原鉄道井原線は福山より福山北部を経て井原の井原鉄道井原駅へ32分、矢掛の矢掛駅へ42分。(福山駅との直通便の所要時間)

路線バス

中国バス 福山・尾道・三原・府中地域
トモテツバス 福山・尾道・三原地区
井笠バス・北振バス 福山・笠岡・井原・浅口・矢掛地区
おのみちバス 尾道・福山西部(松永)地区・しまなみ島しょ部
本四バス開発・因の島運輸しまなみ島しょ部
芸陽バス三原地区

主要国道

国道2号(大阪市~北九州市) 浅口市・里庄町・笠岡市・福山市・尾道市・三原市のそれぞれ南部を通過。
国道182号(福山市~岡山県新見市) 福山市・神石高原町福山市東部、福山市北部~神石高原町を縦断。
国道184号(尾道市~島根県松江市) 尾道市・世羅町、尾道市北部、を縦断。
国道313号(福山市~鳥取県東伯郡北栄町)福山市・井原市福山市、福山市北部、井原市を縦断。ロマンチック街道313と呼ばれ親しまれている。
国道314号(福山市~島根県雲南市)福山市・神石高原町 国道182号と重複
国道317号(尾道市~愛媛県松山市)尾道市、尾道市向島、因島を縦断。
国道432号(竹原市~松江市)東広島市河内町・三原市大和町・世羅町、府中市上下を縦断。
国道486号(岡山県総社市~東広島市) 矢掛町・井原市・福山市・府中市・尾道市・、三原市久井町~大和町を横断。

高速道路

山陽自動車道のインターチェンジ(IC)は、鴨方IC・笠岡IC・福山東IC・福山西IC・尾道IC・三原久井IC・本郷ICがある。
尾道と愛媛県の今治市とを結ぶ西瀬戸自動車道(しまなみ海道)の、西瀬戸尾道IC・向島IC・因島北IC・因島南IC・生口島北IC・生口島南ICの各ICがある。
尾道と島根県の松江市とを結ぶ中国横断自動車道尾道松江線の一部である尾道自動車道(起点は山陽自動車道尾道ジャンクション)の、尾道北ICと世羅ICがある。なお、世羅IC以北は現在建設中。

港湾

旅客の主要港湾は笠岡港(笠岡諸島行)・福山港(香川県多度津港行)・鞆港(尾道港への遊覧船、走島行)・松永港・尾道港(鞆港への遊覧船、百島・向島行など)・糸崎港・三原港(生口島・大三島行など)があり、物流の港湾は福山港(笠岡港地区も含む)と尾道糸崎港(松永港・三原港地区も含む)があり、福山港には広島県営の福山国際コンテナターミナル港もあり、圏内の海運物流拠点として右肩上がりの取扱い量を記録している。

地域メディア

コミュニティFM
レディオBINGO(福山市)
FMおのみち79.4(尾道市)
エフエムゆめウェーブ(笠岡市に本社・送信所、浅口市に演奏所)
タウン情報誌
Wink 福山・備後
ケーブルテレビ
井原放送(井原市)
ケーブル・ジョイ(府中市)
尾道ケーブルテレビ(尾道市)
三原テレビ放送(三原市)

外部リンク

福山地方拠点都市地域 紹介ガイド
福山・府中広域行政事務組合
備後圏 都市計画区域の整備、開発及び保全の方針(広島県)
 

テーマ:祭り/イベント - ジャンル:写真




          お祭り写真集は右側のリンクからご覧ください

 2011年4月17日に撮った、愛媛県西条市丹原町丹原にある丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店です。丹原商店街には懐かしい昭和の風情が残っています。

丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日

 菓舗とくのや横の民家
丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日

 菓舗とくのや横の民家
丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日

 菓舗とくのや横の民家
丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日

 菓舗とくのや横の民家
丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日

 村上薬局横の民家
丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日

丹原商店街(丹原町商店街)の民家・商店 愛媛県西条市丹原町丹原 2011年4月17日
NIKON D7000 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「街の表情」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
      ------------------------------------------------------------------------

      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●丹原町(たんばらちょう)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E5%8E%9F%E7%94%BA

丹原町(たんばらちょう)は愛媛県の東予地方、周桑郡にあった町である。旧周敷郡。

丹原町
廃止日 2004年11月1日
廃止理由 新設合併
丹原町、西条市、東予市、小松町 → 西条市
現在の自治体 西条市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
郡 周桑郡
面積 129.10km²
総人口 13,644人
(2000年10月1日)
隣接自治体 東予市・周桑郡小松町(現西条市)
上浮穴郡面河村(現久万高原町)
温泉郡重信町・川内町(現東温市)
越智郡玉川町(現今治市)
(2001年1月現在)
町の木 柿
町の花 桜
丹原町役場
所在地 〒791-0592
愛媛県愛媛県周桑郡丹原町大字池田1733番地1

地理

道前平野の中央よりやや南西に位置する。西に平野がゆるやかに傾斜して山ろくに達する高縄半島、南に四国山地の一角を占めている。東部、北部はゆるやかな傾斜地である。海(瀬戸内海)に面してはいない(隣接の周桑郡小松町も同様である)。

田園地帯と山麓のゆるやかな傾斜地は農業地帯として知られている。
歴史

町の始まり

1644年に時の藩主が代官に命じて、池田・今井・願連寺の原所と称する地を割いて新たに町を作り、商業地として免租し、他村より商家の移住を奨励して周布郡内における唯一の商業地として発展させた。これが町の始まりとされる。

町の沿革

1889年(明治22年)12月15日 - 町村制施行に伴い久妙寺村(くみょうじ-)、 今井村(いまい-)、 丹原村(たんばら-)、 池田村(いけだ-)、 願蓮寺村(がんれんじ-)が合併して周敷郡福岡村が成立。
1897年(明治30年)4月1日 - 周敷郡と桑村郡が合併して周桑郡となる。
1913年(大正2年)12月13日 - 福岡村が町制施行・改称して丹原町となる。
1955年(昭和30年)4月25日 - 徳田村と合併して丹原町となる。
1956年(昭和31年)9月1日 - 田野村,中川村(滑川、明河字九騎および字海上を除く)と合併して丹原町となる。
中川村の残部(滑川、明河字九騎および字海上)は温泉郡川内村と合併して温泉郡川内町(現東温市)を新設。
1956年(昭和31年)9月30日 - 明河字塩獄が温泉郡川内町に編入。
2004年(平成16年)11月1日 - 西条市、東予市、小松町、丹原町の2市2町の合併により西条市となり、丹原町は自治体しては消滅した。

行政
町長

渡部高尚(わたなべたかなお)

現・西条市副市長

平成の市町村合併の経緯

丹原町としては、近隣の東予市・周桑郡小松町に追従するスタンスであり、小松町長が西条市(当時)と合併する方針を早くから打ち出しており、特に丹原町内で異論もなく、西条市、東予市、小松町、丹原町の2市2町の枠組みができた。
産業

農業

農地では米麦、野菜の栽培が盛んなほか、近年では花き(スプレーバラ)の栽培も盛んである。「たんばら」のバラとして売り出しを図っている。果樹としては、みかん・柿等がある。柿は町のシンボルともなっている。みかんに関しては、愛媛県南西部に比べると条件に適しているとはいえない。

鋳物製造

教育
高等学校

愛媛県立丹原高等学校

交通
鉄道

町内に鉄道はない。

道路

高速道路

松山自動車道

町内に松山自動車道のインターチェンジはない。最寄はいよ小松インターチェンジ

今治小松自動車道

町内にインターチェンジはない。最寄りは東予丹原インターチェンジ(東予市と跨って設置されている。料金所は東予市にある)

国道

国道11号

県道

県道48号

出身有名人

佐伯勇 - 近畿日本鉄道名誉会長、近鉄バファローズ元オーナー

関連項目

愛媛県の廃止市町村一覧
 

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 2010年10月15日、 西新事務器前を運行する安知生だんじり(屋台・楽車)です。

西条祭り2010 安知生だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西新事務器前にて 2010年10月15日

西条祭り2010 安知生だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西新事務器前にて 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


西条祭り2010 安知生だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西新事務器前にて 2010年10月15日

西条祭り2010 安知生だんじり(屋台・楽車) 伊曽乃神社祭礼 西新事務器前にて 2010年10月15日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


      ●私が撮った「2010 西条祭り関係」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
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●豆知識●

●やっさ饅頭(やっさまんじゅう)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%95%E3%81
%BE%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%86

やっさ饅頭(やっさまんじゅう)は、広島県三原市の銘菓のひとつ。和菓子の一種で、饅頭に分類される。名称は、三原市で行われる「やっさ踊り(やっさ祭り)」に由来する。ライバルに「三万石まんじゅう」がある。

概要

有限会社ヤッサ饅頭本舗(広島県三原市本町3丁目)が製造・販売する和菓子。

大きさは直径約4cm、重さ約20g弱で、やや小振りの一口サイズ。薄皮の中につぶあんが包まれている。大きさの割にはあんが多く、お土産としての評判は悪くない。防腐剤などの保存料が使用されていないとうたわれている。JR三原駅や糸崎駅、三原市内のスーパー、広島空港の売店などで購入できる。もみじ饅頭などとともに広島県のお土産のひとつに挙げられることがあるが、売られているのは三原市周辺に限られている。ヤマトコレクトサービス(商品着払)での発送も扱っている。

それぞれの饅頭が白い紙で包まれており、最小パックは6個入り。ほかに12コ入、15コ入、20コ入、24コ入、30コ入、40コ入、48コ入、60コ入のものがある。保存のため、白い発泡スチロールのトレイごとビニールシート内に封入されている。
外部リンク

商工会議所のWebサイトの中の有限会社ヤッサ饅頭本舗の紹介 http://www.b-mall.ne.jp/companyDetail-JYbqCQbsHSfw.aspx
 

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 2011年4月25日に撮った愛媛県西条市明屋敷の西条高校周辺のお堀の鳩(ハト)です。

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト) 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月25日

西条市の野鳥 西条高校お堀の鳩(ハト) 愛媛県西条市明屋敷 2011年4月25日
NIKON D7000 + NIKON AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-300mm F4.5-F5.6G (IF)


      ●私が撮った「ハト(鳩)」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
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      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
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●豆知識●

●酒井 抱一(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E4%BA%95%E6%8A%B1%E4%B8%80

酒井 抱一(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))は、江戸時代後期の絵師、俳人。 権大僧都。本名は忠因(ただなお)、幼名は善次、通称は栄八、字は暉真(きしん)。ほか、屠牛、狗禅、鶯村、雨華庵、軽挙道人、庭柏子、溟々居、楓窓とも号する。また俳号は、ごく初期は白鳧・濤花、後に杜陵(綾)。狂歌名は、尻焼猿人(しりやけのさるんど、「落ち着きのない人」の意)。屠龍(とりょう)の号は俳諧・狂歌、さらに浮世絵美人画でも用いている

尾形光琳に私淑し琳派の雅な画風を、俳味を取り入れた詩情ある洒脱な画風に翻案し江戸琳派の祖となった。

伝記
月に秋草図屏風(三・四扇目)重文
生い立ち

神田小川町の姫路藩別邸で、老中や大老にも任じられる名門酒井雅楽頭家、姫路藩主酒井忠仰の次男(第四子)として生まれる。母は大給松平家の出自で松平乗祐の娘里姫(玄桃院)。姫路藩主・酒井忠以の弟。抱一は兄に何かあった場合の保険として、兄が参勤交代で国元に戻る際、留守居としてしばしば仮養子に立てれている。安永6年(1777年)6月1日17歳で元服して1,000石を与えられるが、同年忠以に長男忠道が生まれると、仮養子願いも取り下げられてしまう。他家に養子に行く話も多くあったが、抱一は全て断った(理由は不明)。こうした複雑な環境が抱一を風雅な道へと進ませたと言えるかもしれないが、江戸時代に同じ環境にあった大名子弟は多くいたにもかかわらず、今日文化史に名を残した者は増山雪斎や幕臣出身の浮世絵師鳥文斎栄之、水野廬朝など極僅かしかおらず、抱一の何かを表現したいという情熱は似た境遇の同輩とは一線を画している。
若き日の遊興

酒井雅楽頭家は代々文雅の理解者が多く、兄忠以も茶人・俳人として知られ、当時の大手門前の酒井家藩邸は文化サロンのようになっていた。一般に若い頃の抱一は、大名子弟の悪友たちと遊郭に通う放蕩時代と言われるけれども、兄の庇護のもと若い頃から芸文の世界に接近していく。

絵は武家の習いで狩野派につき、中橋狩野家の狩野高信(1740-1794年)や狩野惟信に手解きを受けたようだが、酒井家は長崎派の宋紫石・紫山親子を頻繁に屋敷に招いており、兄忠以には南蘋風の作品が残る。また、天明3-4年(1783年-1784年)の頃から浮世絵師の歌川豊春に師事し、師風を忠実に模す一方で、波濤の描き方には長崎派の影響が見える肉筆美人画「松風村雨図」(細見美術館所蔵、豊春の「松風村雨図」(浮世絵太田記念美術館蔵)の模写)なども描いている。この作品の落款は、「楓窓杜陵画」で、「天明五年乙巳晩春」の年紀がある。抱一の肉筆浮世絵は10点ほど現存するとされ、それらは馴染みの遊女を取り上げながらも気品ある姿で描き、知人の大田南畝が狂詩を加賛している。抱一の美人画は豊春作と見紛うばかりの高い完成度を示すが、自分独自の美人画様式を産み出そうとする関心はなく、遊戯的・殿様芸的な姿勢が抜けきれていない。画号も新たに持たず俳号や教科名を落款に使い回す態度もそれを裏付けている。

俳諧は元服と同じ時期ごろ大名の間で流行していた江戸座俳諧の馬場存義に入門。次第に江戸座の遠祖宝井其角を追慕し、其角の都会的で機知に富み難解な句風を、抱一はあっさり解き自在に味読、自身の創作にも軽やかに生かした。書き始めたのは寛政2年だが、それ以前の句も含む句日記『軽挙館句藻』(静嘉堂文庫蔵)を晩年まで記し続け、抱一の芸術を語る上で大きな柱となっている。後の文化9年(1812年)にここから自選した『屠龍之技』を刊行した。狂歌においても、当時全盛期を迎え後に「天明狂歌」と呼ばれる狂歌連に深く交わり、狂歌本に抱一の句や肖像が収録され、並行して戯作の中に抱一の号や変名が少なからず登場する。その歌は必ずしも一流とは言えないが、しばしば狂歌本の冒頭に載せられ、その肖像は御簾越しで美男子として描かれるなど、貴公子としてグループ内で一目も二目も置かれていたことを表している。
出家

寛政2年(1790年)に兄が亡くなり、寛政9年(1797年)10月18日、37歳で西本願寺の法主文如に随って出家し、法名「等覚院文詮暉真」の名と、大名の子息としての格式に応じ権大僧都の僧位を賜る。抱一が出家したか理由は不明だが、同年西本願寺門跡へ礼を言うため上洛した際、俳諧仲間を引き連れた上に本来の目的であった門跡には会わずに帰ったことから、抱一の自発的な発心ではなかったと考えられる。また、 兄が死に、更に甥の忠道が弟の忠実を養子に迎えるといった家中の世代交代が進み、抱一の居場所が狭くなった事や、寛政の改革で狂歌や浮世絵は大打撃を受けて、抱一も転向を余儀なくされたのも理由と考えられる。ただ、僧になったことで武家としての身分から完全に解放され、市中に暮らす隠士として好きな芸術や文芸に専念できるようになった。出家の翌年、『老子』巻十または巻二十二、特に巻二十二の「是を以て聖人、一を抱えて天下の式と為る」の一節から取った「抱一」の号を、以後終生名乗ることになる。また、谷文晁・亀田鵬斎・橘千蔭らとの交友が本格化するのもこの頃である。
光琳の発見

抱一が尾形光琳に私淑し始めるのは、およそ寛政年間の半ば頃からと推定される。木村兼葭堂が刊行した桑山玉洲の遺稿集『絵事鄙言』では、宗達や光琳、松花堂昭乗らを専門的な職業画家ではなく自由な意志で絵を描く「本朝の南宗(文人画)」と文人的な解釈で捉えており、こうした知識人の間での光琳に対する評価は抱一の光琳学習にとって大きな支柱になった。しかも、酒井家には嘗て一時光琳が仕えており、その作品が残っていたことも幸いしている。また、光琳在住以降も立林何帛や俵屋宗理など琳派風の絵師が活躍しており、琳派の流れは細々ではあるがある程度江戸で受容されていたも大きい。40代始めの抱一画は、水墨を主体とするものが多く一見派手さに欠けるが、よく見ると真摯な実験的な試みや地道な思考の後が窺える作品が多い。
光琳百回忌

文化3年(1806年)2月29日、抱一は追慕する宝井其角の百回忌にあたって、其角の肖像を百幅を描き、そこに其角の句を付け人々に贈った。これがまもなく迎える光琳の百回忌を意識するきっかけになったと思われ、以後光琳の事績の研究や顕彰に更に努める。其角百回忌の翌年、光琳の子の養家小西家から尾形家の系図を照会し、文化10年(1813年)これに既存の画伝や印譜を合わせ『緒方流略印譜』を刊行。落款や略歴などの基本情報を押さえ、宗達から始まる流派を「緒方流(尾形流)」として捉えるという後世決定的に重要な方向性を打ち出した。

光琳没後100年に当たる文化12年(1815年)6月2日に光琳百回忌を開催。自宅の庵(後の雨華庵)で百回忌法要を行い、光琳の菩提寺妙顕寺に「観音像」「尾形流印譜」金二百疋を寄附、根岸の寺院で光琳遺墨展を催した。この展覧会を通じて出会った光琳の優品は、抱一を絵師として大きく成長させ大作に次々と挑んでいく。琳派の装飾的な画風を受け継ぎつつ、円山・四条派や土佐派、南蘋派や伊藤若冲などの技法も積極的に取り入れた独自の洒脱で叙情的な作風を確立し、いわゆる江戸琳派の創始者となった。

光琳の研究と顕彰は以後も続けられ、遺墨展の同年、縮小版展覧図録である『光琳百図』を出版する。文政2年(1819年)秋、名代を遣わし光琳墓碑の修築、翌年の石碑開眼供養の時も金二百疋を寄進した。抱一はこの時の感慨を、「我等迄 流れをくむや 苔清水」と詠んでいる。文政6年(1823年)には光琳の弟尾形乾山の作品集『乾山遺墨』を出版し、乾山の墓の近くにも碑を建てた。死の年の文政9年(1826年)にも、先の『光琳百図』を追補した『光琳百図後編』二冊を出版するなど、光琳への追慕の情は生涯衰えることはなかった。これらの史料は、当時の琳派を考える上での基本文献である。また、『光琳百図』は後にヨーロッパに渡り、ジャポニスムに影響を与え、光琳が西洋でも評価されるのに貢献している。
雨華庵の上人 抱一様式の確立

文化14年(1817年)根岸の隠居所に『大無量寿経』の「天雨妙華」から「雨華庵」の額を掲げたのと同時期、抱一の制作体制が強固になり雨華庵の工房が整えられていく。古河藩お抱えともいわれる蒔絵師原羊遊斎と組んで、抱一下絵による蒔絵制作が本格化するのもこの頃である。

「夏秋草図屏風」の通称でも広く知られる代表作の銀屏風 「風雨草花図」は、一橋徳川家がかつて所持していたもので、俵屋宗達の名作に影響を受けた光琳の金屏風「風神雷神図」(重要文化財)の裏面に描かれたものである。現在は保存上の観点から「風神雷神図」とは別々に表装されている。本作は、風神図の裏には風に翻弄される秋草を、雷神図の裏には驟雨に濡れる夏草を描き、「風神雷神図」と見事な照応を示している。

晩年は『十二か月花鳥図』の連作に取り組み、抱一の画業の集大成とみなせる(後述)。文政11年(1828年)下谷根岸の庵居、雨華庵で死去。享年68。墓所は築地本願寺別院(東京都指定旧跡)。法名は等覚院殿前権大僧都文詮暉真尊師。

門人に鈴木其一、池田孤邨、酒井鶯蒲、田中抱二、山本素堂、野崎抱真らがいる。また、市川団十郎とも親しく、向島百花園や八百善にも出入りしていた。
主な作品[1]
書画扇面散図 谷文晁、春木南湖、亀田鵬斎、菊池五山との寄合書 ブルックリン美術館所蔵

所蔵先がないものは個人蔵。
部屋住み時代 20代 肉筆浮世絵

『文持つ美人図』 絹本着色 浮世絵太田記念美術館蔵 楓窓杜綾画 安永後期-天明初期 現存最古の抱一美人画
『松風村雨図』 絹本墨画淡彩 細見美術館蔵 天明5年(1785年)
『布晒らし図(調布玉川図)』 絹本着色 楓窓屠龍画 大田南畝賛 天明5年(1785年)
『遊女と禿図』 絹本着色 出光美術館蔵 天明7年(1787年)
『花魁図』 絹本着色 ボストン美術館蔵 楓窓屠龍画 天明7年(1787年)頃
『美人蛍狩図』 絹本着色 溟々屠龍画 天明8年(1788年)
『元禄美人図』 絹本着色
『新吉原遊君立姿図』 絹本墨画淡彩 古調道人賛 寛政年間
『盆踊図』 絹本着色
『夕涼み美人図』 絹本着色
『遊女と禿図』 絹本着色 東京国立博物館蔵 現存最後の抱一美人画

還住時代 30代から48歳 琳派への転換

『桐図屏風』 六曲一隻 紙本墨画淡彩 橘千蔭賛 寛政9年(1797年)頃
『燕子花図屏風』 二曲一隻 絹本著色 出光美術館 享和元年(1801年)
『百合・立葵図押絵貼図屏風』 二曲一隻 絹本著色 バーク・コレクション 享和元年(1801年)

大塚時代 49歳から57歳 光琳学習と飛躍

『波涛図屏風』 六曲一双 紙本銀地墨画著色 静嘉堂文庫美術館蔵 文化12年(1815年)頃
『柿図屏風』 二曲一隻 紙本著色 メトロポリタン美術館 文化13年(1816年)
『四季花鳥図屏風』 六曲一双 紙本金地著色 陽明文庫蔵 文化13年(1816年)頃
『秋草鶉図』 二曲一隻 紙本金地著色 山種美術館蔵 重要美術品 文化14年(1817年)以前
『宇治蛍狩図』 絹本着色 東京国立博物館蔵 文化14年(1817年)
『八橋図屏風』 六曲一双 絹本金地著色 出光美術館蔵
『桜図屏風』 六曲一双 紙本金地著色 バーク・コレクション
『三十六歌仙図色紙貼付屏風』 二曲一隻 紙本金地著色 プライス・コレクション
『白繻子地梅樹春草模様描絵小袖』 一領 白繻子地著色 国立歴史民族博物館蔵、重要文化財

雨華時代1 58歳から63歳 抱一様式の完成

『四季花鳥図巻』 2巻 絹本著色 東京国立博物館蔵 文化15年(1818年)頃
『青楓朱楓図屏風』 六曲一双 紙本金地著色 文化15年(1818年) 様式から其一の代作とみられる
『雪月花図』 三幅対 MOA美術館蔵 文政3年(1820年) 重要美術品
『紅白梅図屏風』 六曲一双 紙本銀地著色 出光美術館蔵 文政4年(1821年)頃
『風雨草花図』(通称:夏秋草図屏風) 二曲一双 紙本銀地著色 東京国立博物館蔵 文政4-5年(1821年-22年) 重要文化財
『月に秋草図屏風』 六曲一隻 絹本金地著色 重要文化財
『絵手鑑』 1帖72図 絹本著色墨画 静嘉堂文庫美術館蔵

雨華時代2 晩年 大和絵への関心

『集外三十六歌仙』 1帖36図 絹本淡彩 姫路市立美術館蔵
『十二か月花鳥図』

現在、宮内庁三の丸尚蔵館、畠山記念館、出光美術館、香雪美術館、プライス・コレクション、ファインバーグ・コレクションなどに所蔵。出光や香雪本以外は掛軸十二本のセットだが、製作当初は全て絹本著色の六曲一双屏風に貼られていたと推定され、元は組だったものが分蔵されている例もある。「十二か月花鳥図」は藤原定家が「詠花鳥倭歌 各十二首」として各月を象徴する植物と鳥を選び和歌に詠んだ趣向(『拾遺愚草』収録)を、後世組み合わせて画題としたもの。江戸初期から狩野派や住吉派で描かれ、尾形乾山の作品にも見られる。抱一もこうした先行作に触発されたと思われるが、新たなモチーフに入れ替えたり対角線や曲線を多用するなどの工夫を凝らし、余白を生かした動きに富む花鳥図を生み出した。中には弟子の代作と見られる構図に纏まりのない作や緊張感のない緩んだ筆致も見られるけれども、伸びやかな描線や的確な写実など、抱一が最後に達した画境を示している。

関連項目

琳派
風神雷神図
浮世絵#代表的な浮世絵師
浮世絵師一覧
肉筆浮世絵

脚注

^ 作画期は参考資料の中でも表記に幅があるが、ここでは最も詳しい玉蟲敏子『都市のなかの絵 酒井抱一の絵事とその遺響』18頁の5期区分を参照した

参考文献

仲町啓子監修 『別冊太陽日本のこころ177 酒井抱一 江戸琳派の粋人』 平凡社、2010年 ISBN 978-4-582-92177-9
玉蟲敏子 『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい酒井抱一 生涯と作品』 東京美術、2008年 ISBN 978-4-8087-0852-8
玉蟲敏子 『都市のなかの絵 酒井抱一の絵事とその遺響』 ブリュッケ、2004年 ISBN 978-4434046186
小林忠編:文化財研究所監修 『日本の美術463 酒井抱一と江戸琳派の美学』 至文堂、2004年 ISBN 978-478433463-6
玉蟲敏子 『新潮日本美術文庫 酒井抱一』 新潮社、1997年 ISBN 978-410601538-0
玉蟲敏子 『絵は語る13 酒井抱一筆 夏秋草図屏風─追憶の銀色』 平凡社、1994年 ISBN 4-582-29523-1
『琳派美術館3 抱一と江戸琳派』 集英社、1993年 ISBN 978-4-08-581003-7
千澤治編:文化庁他監修 『日本の美術186 酒井抱一』 至文堂、1981年
展覧会図録 『酒井抱一と江戸琳派』 サントリー美術館、1981年
村松梢風 「酒井抱一」、『本朝画人伝』 中央公論新社(1976年の文庫版は2巻 ISBN 4-12-402512-2、1985年の単行本は1巻に収録 ISBN 4-12-402511-4)
 

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 2010年10月21日、愛媛県四国中央市寒川町35-5にあるマルナカ三島店で行われた夜太鼓での具定町太鼓台(天龍 具定三島神社)です。

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓. 具定町太鼓台(天龍 具定三島神社) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓. 具定町太鼓台(天龍 具定三島神社) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日
NIKON D300 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


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■以下は、以前にアップした具定町太鼓台(天龍 具定三島神社)です

伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓. 具定町太鼓台(天龍 具定三島神社) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

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伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓. 具定町太鼓台(天龍 具定三島神社) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

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伊予三島太鼓祭り・三島秋まつり2010 マルナカ三島店夜太鼓. 具定町太鼓台(天龍 具定三島神社) 愛媛県四国中央市寒川町35-5 2010年10月21日

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      ●私が撮った「伊予三島太鼓祭り」の写真はここから順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

大善寺(だいぜんじ)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%96%84%E5%AF
%BA_%28%E5%BA%83%E5%B3%B6%E7%9C%8C%29

大善寺(だいぜんじ)は、広島県三原市西町二丁目にある浄土宗の寺院。増上山広度院と号する。本尊は阿弥陀如来。

歴史

天正8年(1580年)安芸国豊田郡本郷村(現在の三原市本郷町)の小早川隆景の居城新高山城山麓にあった本寺は隆景の三原城築城の際、現在地に移る。

承応元年(1652年)徳川幕府三代将軍徳川家光の落胤とされる月姫が藩主浅野家一門で筆頭家老職の三原浅野家3代浅野忠真の側室となる。寺は月姫の祈願所として徳川幕府より5000石の御化粧料を下賜され、将軍家菩提寺である増上寺の寺号を賜り増上山大善寺とされ、三つ葉葵の使用が許される。現在も境内の随所に葵の門の入った瓦などが残存する。

文政10年(1827年)火災により焼失した現本堂が再建された。
月姫(月渓院)にまつわる伝承

徳川家光の落胤とされる月姫が、将軍家との血縁はあるとはいえ外様大名の浅野家のそのまた家老職であった浅野忠真の側室となったのは異例中の異例であった。浅野忠真には既に正室がいたが子供はおらず、世継の三原浅野家4代浅野忠義は月姫の産んだ子である。月姫が浅野忠真の側室になった経緯については、月姫が江戸城内にて遊戯中に三原浅野家から江戸に預けられていた忠真と偶然遭遇し、本来遊んではならない場所で遊んでいた姫を戒めたことにより忠真に一目惚れしたとの言い伝えがある。当然周りは大反対ではあったが、月姫本人の意思が猛烈に固く、幕府も仕方なく下賜という形で月姫を忠真に授けた。これには三原浅野家はもちろんのこと、主家であり、本藩の広島藩も大変扱いに苦慮した記録がある一方、このような幕府からの特別な配慮は他藩には大変羨ましがられ、「五千三万石」と呼ばれ財政的にも潤い、三原の城下は大発展したという。

浅野忠真は元禄7年(1694年)に逝去。月姫は正徳3年(1713年)、74歳にて逝去し、当寺に葬られた(法名月渓院)。 
文化財

阿弥陀如来立像(伝快慶作・広島県指定重要文化財)
月渓院墓所(寺西角に江戸の方向に向かって巨大な宝篋印塔がある)

所在地

広島県三原市西町二丁目22番1号

交通アクセス

JR西日本山陽新幹線三原駅から車で15分

関連項目

日本の寺院一覧
 

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 2009年5月12日に撮った、愛媛県西条市船屋にある玉津漁港の釣人と石鎚山です。

玉津漁港の釣人と石鎚山 愛媛県西条市船屋より 2009年5月12日

玉津漁港の釣人と石鎚山 愛媛県西条市船屋より 2009年5月12日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


玉津漁港の釣人と石鎚山 愛媛県西条市船屋より 2009年5月12日

玉津漁港の釣人と石鎚山 愛媛県西条市船屋より 2009年5月12日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


   ●私が撮った「石鎚山」の写真はここをクリックして順次ご覧ください

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      ■今後、以下の2010年の秋祭りを掲載していく予定です。
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      ■今後、掲載予定の2010年の祭り
      ●(10月22日) 三島地区伊予銀前交差点前統一運行、寒川・豊岡地区統一寄せ
      ●(10月21日) 伊予三島秋まつり氏参り・三島神社一斉参拝、寒川・中之庄・具定統一かき比べ
      ●(10月18日) 新居浜大江浜かきくらべ(大江 vs 中須賀小競り合い)・船御幸(大江 vs 中須賀鉢合せ)
        一宮神社かきくらべ

      ●(10月17日) 渦井川原かきくらべ、新居浜一宮の杜ミュージアム・旧エビスセンター前集合
        多喜浜体育館前集合・工場前かきくらべ(大江 vs 西町、西原 vs 新須賀、江口 vs 久保田小競り合い)

      ●(10月16日) 伊曽乃神社祭礼お旅所・御殿前、新居浜上部地区太鼓台統一かきくらべ
        小松だんじり統一寄せ、伊曽乃神社祭礼後夜祭(駅前・御殿前)

      ●(10月15日) 伊曽乃神社祭礼宮出し、石水会、七泰会、伊曽乃川人会、みこしのねり比べ
        石岡神社宮入り、丹原町統一かきくらべ、吉田祭り(徳威神社秋祭り)

      ●(10月14日) 石岡神社本殿祭、川之江秋祭り
      ●(10月13日) 土居中津小学校お祭り集会、川之江秋祭り、土居ファミリーマートかきくらべ
      ●(10月11日) 北川屋台新調、小松常盤祭
      ●(10月10日) 東予鶴岡八幡神社宮だし、禎瑞嘉母神社祭礼宮だし
        楢本祭、加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、橘新宮祭、御所神社祭

      ●(10月 9日) 東予パルティ・フジ前かきくらべ、嘉母神社祭礼子供太鼓台自主運行、東予秋祭り統一運行
      ●(10月 7日) 道後温泉駅前鉢合わせ
      ●(10月 5日) 三津厳島神社鉢合わせ、石鎚神社秋祭り
      ●(10月 3日) 氷見山王神社祭り

      ■掲載完了の2010年の秋祭りなど
      ●「2010 西条市の祭り関係 北之町中組屋台新調などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り関係 子供太鼓台」などはここから
      
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川西地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 川東地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り 上部地区太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから

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●豆知識●

●青島(あおしま)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B3%B6
_%28%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%9C%8C%29

青島(あおしま)は、宮崎県宮崎市の南東部海岸付近にある周囲860m、面積約4.4ha、高さ約6mの島。陸繋島になりつつある。対岸は青島海岸と呼ばれ、青島海水浴場などを含む一大観光地になっている。青島と青島海岸とは弥生橋によって結ばれている。

青島
座標 北緯31度48分18.8秒
東経131度28分33.2秒
面積 0.044 km^(2)
海岸線長 0.86 km
最高標高 6 m
所属国・地域 日本の旗 日本 宮崎県

自然

砂岩と泥岩が交互に重なった地層(油津層群)からなる山が沈降して海に浸かり、波に侵食された後にわずかに隆起することで「隆起波食台」と呼ばれる地形が形成された。規則的に重なった地層が緩やかな傾斜をなしているため階段状に侵食されており、巨大な洗濯板のように見えることから「鬼の洗濯板(岩)」と呼ばれる。宮崎県南部海岸には南西から北東に向かって黒潮が、同北部海岸には北から南へ沿岸流が流れており、これらの潮流によって貝殻の破片などが集められ隆起波食台上に堆積することで青島が形成された。珍しい地形であることから「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」として日本国の天然記念物に指定されている。

島では200種類以上の植物が確認されており、そのうち熱帯性及び亜熱帯性の植物が27種あり、中でもビロウの大群落は貴重であることから「青島亜熱帯性植物群落」として日本国の特別天然記念物に指定されている。

歴史

島の中に青島神社があり、神聖な場所であるため祭日以外に一般人が立ち入ることは禁じられていたが、1737年(元文2年)以降、弥生(旧暦の3月)後半の一時期に限り一般人の参詣が許されるようになり、明治以降は年間を通して立ち入りできるようになった。昭和に入ると周辺の青島海岸に遊園地や海水浴場が整備され、ホテルが建ち並ぶ観光地になった。2003年(平成15年)において年間約70万人の観光客が訪れている。

年表

1934年(昭和9年)5月1日 : 「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」が国の天然記念物に指定される。
1939年(昭和14年)3月21日 : 遊園地「子供の国」開園(後の「青島リゾートこどものくに」)。
1949年(昭和24年)6月5日 : 昭和天皇が青島を視察。
1952年(昭和27年)3月29日 : 「青島亜熱帯性植物群落」が特別天然記念物に指定される。
1955年(昭和30年)6月1日 : 周辺地域が日南海岸国定公園に指定される。
1962年(昭和37年)5月2日 : 当時の皇太子(明仁親王)、皇太子妃(美智子)が訪問。

これをきっかけとして新婚旅行客が急増した。

1967年(昭和42年)6月1日 : 宮崎県立青島亜熱帯植物園開園。
1990年(平成2年)12月 : 観光客の減少などにより青島海岸で最大のホテルであった橘ホテルが閉鎖される。

閉鎖後15年間以上放置され、地元住民から景観を損なうなどの意見が出ていたが、2008年9月に佐賀県嬉野市の老舗旅館である和多屋別荘が再開発を行う事業者に決定した[1]。2009年12月より解体工事が始まり、2010年6月に完了した[2]。跡地には新たにホテルが建設される予定。

1998年(平成10年) : 青島海水浴場が環境省「日本の水浴場55選」に選定される。
2001年(平成13年) : 青島海水浴場が環境省「日本の水浴場88選」に選定される。
2006年(平成18年) : 青島海水浴場が環境省「快水浴場百選」に選定される
2007年(平成19年) : 青島が日本の地質百選に選定される。

関連項目
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズには、青島に関連するカテゴリがあります。

地質・鉱物天然記念物一覧
植物天然記念物一覧
日本の地質百選
ういろう (菓子)
青島あきな-芸名はこの島の名に因む
宮崎県水産試験場-すぐ近くに所在する

参考文献

中島茂編 『青島総合調査報告書』 宮崎リンネ会、1954年。
宮崎市編 『2006宮崎市観光要覧』 2006年。

外部リンク

国指定文化財(宮崎市)
文化遺産オンライン(文化庁・総務省)
国指定文化財 データベース(文化庁)
 

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