お祭り写真集は右側のリンクから
      ■現在、撮影した以下のお祭りの様子を精力的にアップしています。

      ■今後、掲載予定の2009年の祭り
      ●(10月17日) 新居浜太鼓祭り角野泉川地区夜太鼓、上部地区太鼓台統一かきくらべ
      ●(10月16日) 伊曽乃神社お旅所・川入り・駅前と西条地区後夜祭
      ●(10月15日) 石岡神社祭礼後夜祭・宮入り、みこし(御輿)のねり比べ、石岡神社渡御行列(お旅所付近)
      ●(10月14日) 土居太鼓祭り統一かき比べ、石岡神社祭礼本殿祭
      ●(10月13日) 土居太鼓祭り北小学校
      ●(10月11日) 御所神社祭、禎瑞嘉母神社祭礼統一運行・河川敷、鶴岡八幡神社宮出し
      ●(10月10日) 東予秋祭り統一運行、保内八幡神社宮出し

      ■掲載完了の2009年の祭りなど
      ●「2009 天皇陛下御即位20年奉祝」伊曽乃神社、お旅所、御殿前、マルヨシはここから
      ●「2009 伊勢神宮宇治橋渡始奉納」はここから
      ●「2009 伊曽乃神社祭礼 宮出し」などはここから
      ●「2009 伊曽乃神社祭礼 御旅所」などはここから
      ●「2009 伊曽乃神社祭礼 御殿前」などはここから
      ●「2009 西条市の祭り関係 石水会、植村会、七泰会、伊曽乃川人会、宮出し、前夜祭、八丁屋台昼・夜運行
        加茂神社例祭(福武祭)、原之前荒神祭、秋季弁天祭り、橘新宮祭、八丁屋台新調
        愛寿会慰問運行、横黒屋台30周年、吉原稲荷大明神大祭高松
        四国の祭り2009、西条市産業文化フェスティバル子供屋台運行、伊曽乃神社の開運春まつり」などはここから

      ●「2009 新居浜太鼓祭り川西 川東 多喜浜駅前かきくらべ、新田入口、下原バス停、松神子 vs 阿島鉢合わせ
        一宮神社かき比べ(大江vs中須賀、大江vs西町小競り合い)、大江浜かき比べ(大江vs中須賀小競り合い)
        東浜太鼓台新調、江口太鼓台新調、東町太鼓台展示(フジグラン今治)
        伊藤商店飾り幕展示、久保田太鼓台展示、新須賀太鼓台(フジグラン新居浜)
        池田太鼓台(船木夏祭り)、新居浜夏祭り、マイントピア別子の子供太鼓台」などはここから

      ●「2009 新居浜太鼓祭り上部地区 新居浜大生院中萩地区夜太鼓」などはここから
      ●「2009 新居浜太鼓祭り関係 春は子ども天国」などはここから
      ●「伊曽乃神社奉納屋台総集編」などはここから
      ●「石岡神社祭礼奉納屋台総集編」などはここから
      ●「飯積神社祭礼奉納太鼓台総集編」などはここから
      ●「新居浜太鼓祭り太鼓台総集編」などはここから
      ●「丹原町屋台 総集編」などはここから
      ●「2009 石岡神社例大祭 天皇陛下御即位20年奉祝、橘・氷見地区宵祭り
        山王神社祭り、桜木神社祭礼、高尾神社春祭り」などはここから

      ●「飯積神社祭礼 飯積神社祭礼船屋朝太鼓、八幡まつり、飯岡本郷太鼓台年越し運行」などはここから
      ●「禎瑞嘉母神社祭礼 宮出し、子供太鼓台運行」などはここから
      ●「東予秋祭り 東予宵祭り(前夜祭)」などはここから
      ●「小松町秋祭り」 小松祭り前夜祭などはここから
      ●「丹原町秋祭り 丹原町統一かきくらべ、恵美洲神社春祭り」などはここから
      ●「土居町太鼓祭り」などはここから
      ●「上野太鼓祭り 関川小学校」などはここから
      ●「伊予三島秋祭り」などはここから
      ●「今治市の祭り お供馬の走り込み練習」などはここから
      ●「松山市の祭り」などはここから

 2010年2月20日、愛媛県松山市梅津寺町の梅津寺駅・梅津寺公園にいってみました。梅津寺公園隣の梅津寺パーク跡地では、愛媛FCのサッカー練習場・クラブハウス工事が進んでいました。

松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 梅津寺公園の梅
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 梅津寺公園の梅
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 梅津寺公園の梅
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 梅津寺公園の梅
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 工事クレーン。梅津寺公園隣の梅津寺パーク跡地では、愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事が進んでいました。
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC

■以下は、梅津寺公園に隣接する見晴山・大丸山にある秋山好古銅像と秋山真之銅像の再掲です

松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 秋山好古銅像
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 夕焼けの丘に立つ秋山好古銅像
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC

■秋山好古・真之兄弟銅像
「明治体感 まつやま博」のホームページより引用させていただきました。
http://matsuyama-haku.info/spot/detail/15

瀬戸内海を見下ろす兄弟の像

兄弟の銅像は昭和の初め、道後公園に建てられたが、戦時中の昭和18年、軍への金属供出のため撤去された。真之像は昭和38年石手寺に再建され、後の昭和43年に今の地に移された。台座の文字「智謀如湧(ちぼうわくがごとし)」は真之の上司だった連合艦隊司令長官・東郷平八郎の筆。その天才的な戦術を東郷がそう讃えた。一方の好古像は昭和45年、真之像の少し下手に再建され、今は兄弟そろって梅津寺の丘から瀬戸内海を見下ろしている。


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 秋山真之銅像
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 秋山真之銅像
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日

 秋山真之銅像近くから見た夕焼け
松山市の梅と愛媛FC 梅津寺駅・梅津寺公園の梅と愛媛FCサッカー練習場・クラブハウス工事と秋山好古銅像・秋山真之銅像(坂の上の雲) --写真は-- 松山市と「坂の上の雲」 秋山好古銅像・秋山真之銅像(あきやま よしふる・あきやま さねゆき)と梅津寺公園(パーク)・見晴山・大丸山 愛媛県松山市梅津寺町(ばいしんじちょう) 2010年2月20日
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC

■私の撮影したスポット・名所の写真は、右側の「カテゴリー」の中の「スポット 名所旧跡」をクリックして順次ご覧ください

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●お祭り・文化・名勝関連の豆知識●

●梅津寺公園(ばいしんじこうえん)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%B4%A5%E5%AF%BA%E5%85%AC%E5%9C%92

梅津寺公園(ばいしんじこうえん)は、愛媛県松山市梅津寺町にある伊予鉄道が所有する公園。
本項目ではこの場所にかつて存在した遊園地、梅津寺パークについても記述する。

概要

前身は、伊予鉄道が1935年11月4日に開園した遊園地で、当初は「梅津寺遊園地」と言う名称だった。松山電気軌道が経営する遊園地「知新園」に激しく競って打ち勝ち、1963年4月1日に「梅津寺パーク」と言う名称でリニュアールオープンした梅や桜のある庭園と海水浴場、野外ステージ、各種アトラクションがある遊園地となっていた。かつては観覧車もあったが、閉園となる以前に撤去されている。また、坊っちゃん列車(伊予鉄道1号機関車。鉄道記念物)が展示されている。花見シーズン(梅、桜)はナイター営業も行っていた。

アトラクションは入園券とは別になっていた(フリー券がお得であった)。また、入園券は一度園外へ出ると再入園できなかった。なお、海岸にあるので異常気象時(強風、高波)には閉園することがあった。

遊具が普段は動いていないことがあり、スタッフに声を掛けると動かしてくれていた。

1935年11月から73年間、リニュアールオープンから46年間営業されたが、2009年3月15日をもって閉園した。跡地については、梅園部分をそのまま残し、遊具を撤去した部分を多目的広場として残す方針である。

翌3月16日以降は、名称が「梅津寺公園」と変更された。

2010年02月10日、愛媛FC広報よりクラブハウスがサンパークより移転。今年5月から利用開始予定、見学可能予定。

入園料は、遊園地部分が無くなったので、200円から50円に値下げされている。

また、海水浴場や「梅津寺別荘健康ランド」(温浴施設)も閉鎖され、「梅津荘」(料亭)のみ営業されている。

アクセス

* 伊予鉄道高浜線梅津寺駅下車、徒歩0分。
* 梅園などへの来園者のために、梅津寺パーク閉園後も駐車場が存置されている。

外部リンク

* 梅津寺公園
 
●梅津寺駅(ばいしんじえき)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%B4%A5%E5%AF%BA%E9%A7%85

梅津寺駅(ばいしんじえき)は、愛媛県松山市にある伊予鉄道高浜線の駅。

梅津寺駅
ばいしんじ - Baishinji
?港山 (0.8km)
(1.2km) 高浜?
所在地 愛媛県松山市
所属事業者 伊予鉄道
所属路線 高浜線
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度- 600人/日
開業年月日 1899年7月6日(臨時駅として)
1931年5月1日(常設化)

駅構造

相対式2面2線のホームを持つ有人駅である。2番線ホームのすぐ後ろは海岸である。

1番線が上下本線、2番線が下り本線となっている。これは2番線ホームが異常気象時に高波を被った場合、下り列車を1番線に入線させるためで、それに備え1番線の高浜方にも出発信号機がある。

駅周辺

* 梅津寺
* 梅津寺公園

歴史

* 1899年(明治32年)7月6日 臨時駅として開業
* 1931年(昭和6年)5月1日 常設化される。

その他

* 海に面し遊園地が間近と、2番線ホームは開放感のある雰囲気。
* ドラマ「東京ラブストーリー」の最終回の舞台で、主人公の赤名リカがハンカチを結びつけた柵がある。ドラマ放映後「この駅の切符を持っていると素敵な出逢いに恵まれる」という都市伝説が生まれた。赤名リカを真似てハンカチを柵に結びつける来訪者も後を絶たず、一時は柵にハンカチがずらりと並んでいた。ドラマ放映から15年以上を経た現在でも、ハンカチを残していく来訪者がいる。ホームの柵にロケ地であったことを示す案内看板が設置されている。

隣の駅

伊予鉄道
高浜駅 - 梅津寺駅 - 港山駅

関連項目

* 日本の鉄道駅一覧
* 東京ラブストーリー
 
●愛媛FC(えひめエフシー、Ehime F.C.)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用させていただきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AA%9BFC

愛媛FC(えひめエフシー、Ehime F.C.)は日本の愛媛県にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(以下、Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

愛媛FC
原語表記 愛媛FC
愛称 愛媛
クラブカラー オレンジ
創設年 1970年
所属リーグ Jリーグ
所属ディビジョン ディビション2 (J2)
ホームタウン 松山市を中心とする愛媛県全県
ホームスタジアム ニンジニアスタジアム
収容人数 20,000
運営法人 株式会社愛媛FC
代表者 日本の旗 亀井文雄
監督 クロアチアの旗 イヴィッツァ・バルバリッチ

クラブの概要

ホームタウンは愛媛県松山市を中心とした全県。ホームスタジアムはニンジニアスタジアム(ナイター設備完備、20,000人収容(芝生席込み))。運営会社は株式会社愛媛FCである。下部組織としては既にユースチーム、ジュニアユースチームを設置しており、特にユースチームは四国の強豪クラブの一つとして名をはせている。

2003年から本格的にJリーグへの参加を検討し始め、愛媛県、松山市等の行政と連携を図りながら組織・施設の充実に努めめた。そして2005年シーズンの日本フットボールリーグ(以下、JFL)での優勝を経て、2006年度からのJリーグへ加盟が認められた。

なお、JFLに所属していた2005年までは、同球技場(メインスタンドのみ3,000人収容 ナイター設備なし)もホームスタジアムの1つであった。

2008年から松山市と姉妹都市であるフライブルクのブンデスリーガ2部のチームであるSCフライブルクとフレンドシップ協定を結んでいる。ユース以下の下部組織の他に、アマチュアチーム・愛媛FCしまなみが存在する。
クラブマスコット

愛媛FCのクラブマスコットは、「オ〜レ君」、「たま媛ちゃん」、「伊予柑太」である。これらのマスコットは、愛媛県出身でサッカー漫画『ORANGE』の作者・能田達規がデザインしたもので、同作に登場する南予オレンジのマスコットである「ぼん太くん」同様、愛媛の特産物である柑橘類(オレンジ、ミカン、伊予柑)を擬人化したものである。なお、誕生当初はそれぞれ「オレンジェイ」、「マンダリーニョ」、「いよカーン」という名称だったが、商標の問題により2006年のJ2参入時に改名している。

誕生当初は、3人には着ぐるみがなく、頭だけが張りぼての面、首から下は生身の人間というやや貧相な姿で活動していたが、昇格した2006年以降、オ〜レくんとたま媛ちゃんが正式に着ぐるみ化。2009年には伊予柑太も着ぐるみ化し、J参入4年目でようやく「本物」のマスコットが揃う形になった。

この他のマスコットとして、「一平くん」というカエルをモチーフにしたキャラクターがいる。正式には愛媛FCではなく、スポンサーでもある愛媛の料理店「ゆうゆう亭」のマスコットだが、2009年に、試合前の余興イベントへゲスト参加した際のパフォーマンスが大受けし(マスコット100M走で負傷し、治療の様子も公開されたことから)、以後「準マスコット」的存在としてしばしば愛媛FCの試合に登場している。

クラブの歴史
JFL昇格まで

1970年、松山サッカークラブとして誕生。松山市に本拠地を置くクラブチームとして社会人から高校、中学生の年代のサッカーチームを保有していた。

1987年に初めて四国リーグに昇格し、以後その座を守り続けた。当時の愛媛県のサッカー勢力図は、1978年から1982年まで日本サッカーリーグ(JSL)2部にいた(1980年はJSLカップでベスト4)松山市の帝人サッカー部が四国最強のチームとして君臨し(1987年の四国リーグ5連覇後にJSL2部へ復帰)、これを同じ松山市のNTT四国サッカー部(NTT西日本の企業チーム、現在のベンターナACの前身)や伊予三島市(現在の四国中央市)の大王製紙サッカー部(同地にある大王製紙工場のチーム)、それに今治市の今治クラブなどが続く状態だった。しかし、帝人は1991年に四国リーグへ再降格し、愛媛から全国規模のリーグに参加するチームは無くなっていた。1993年に開幕したJリーグでも、愛媛県内からの参加の動きはなく、四国全体が「Jリーグクラブ空白地域」となった。一方、松山サッカークラブは1988年の2位を除き、原則として8チーム制の四国リーグで1993年までの7シーズン中6シーズンを5位で終える「中位超安定」状態を続けた。

松山サッカークラブは1995年に愛媛フットボールクラブ(略称:愛媛FC)に名称を変更し、本格的な強化策を開始した。1997年には1989年度(1990年1月)の全国高等学校サッカー選手権大会と1990年の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)サッカー種目で愛媛県立南宇和高等学校を率いて優勝した石橋智之を高校教員のままで総監督に迎え、まずはJFL(新JFLと呼ばれる日本フットボールリーグ、1998年までは旧JFLのジャパンフットボールリーグ)、そして将来のJリーグ参加を目指して活動する事になった。

石橋によって育てられ、全国各地のチームで活躍していた南宇和高校出身の選手達は、徐々に故郷に帰り、石橋の下へ再び結集してプレーするようになった。1998年には高校選手権優勝時の主将だったDF大西貴がJリーグの京都パープルサンガからコーチ兼任で入団し、早稲田大学からはFW友近聡朗が加入した。1999年には前年限りでチームが廃部になった元JFLの西濃運輸からMF黒田一則が加入した。戦力が強化された愛媛FCの社会人チームは1998年から四国リーグ3連覇を果たした。しかし、JFL昇格を賭けた地域リーグ決勝大会では優勝を逃した。1998年度(1999年1月)は3位だったが、同大会の成績とは無関係に希望に応じて可能とされていた新JFL発足初年度からの参加を見送り、1999年度(2000年1月)は1次リーグでYKKに屈した。

2001年1月、3度目の地域リーグ決勝大会でも、強敵の佐川急便東京SCに大敗、FC上田ジェンシャンにも敗れて1次リーグで姿を消した。しかし、急速なチーム数拡大を進めるJFLは、同大会の2位以内チームに認める自動昇格以外にも、同大会出場チームには日本社会人サッカー連盟の推薦による昇格申請を受け付ける事にしていた。愛媛FCはこの規定を利用し、新シーズンからのJFL昇格が決まった。

なお、1997年には17歳以下日本代表候補に選ばれたGK不老伸行が所属する愛媛FCのユースチーム(高校生年代チーム)が第74回天皇杯全日本サッカー選手権大会の愛媛県代表決定戦の決勝で松山大学サッカー部を下し(社会人チームは準決勝で松山大学に敗北)、さらに本大会の1回戦でアローズ北陸を破り、2種(高校生)として初めて1種(大学・社会人)を下したチームとなった。2回戦では旧JFLで同年2位の東京ガスFC(現在のFC東京)に延長戦で惜敗する接戦を演じ、1999年の第76回大会で本大会へ初出場した社会人に先駆けて愛媛FCの存在をアピールした。
J2参入問題

2001年、JFL参戦をきっかけに、社会人チームを本体から切り離して任意団体の「愛媛FC」として再出発を果たした。これで社会人チームの「愛媛FC」はチームの運営・強化に専念する事となったが、後のJリーグ加盟審査ではユースチームとの一体性で疑問を持たれる事になった。また、学校教員の仕事もある石橋総監督を補佐するため、大西コーチが現役選手を引退して監督専任となり、チームの指揮を執った。また、1999年に愛媛FCを退団してドイツへ渡り、アマチュアリーグでプレーしていた友近が復帰した。しかし、JFLの壁は厚く、次の目標としたJリーグ参入に十分な成績は挙げられなかった。また、クラブ事務所が置かれた南海放送をはじめとした地元メディアの積極支援に比べ、本拠地となる愛媛県総合運動公園陸上競技場のJリーグ規格対応改修で費用負担を求められた愛媛県の対応は鈍く、県内企業の支援や一般県民の関心も不十分だった。なお、帝人サッカー部は弱体化し、2002年度限りで四国リーグから愛媛県リーグ1部への降格が決定したのを機に廃部となり、愛媛県の社会人サッカーの中心は従来の各企業サッカー部からJリーグクラブをモデルとした愛媛FCへと移行した。

2003年は成績上位ならJリーグ参戦も視野に入っていたが、チームを運営する母体企業の設立のめどや、スタジアムの改修計画がまとまらなかったこともあり結局J2参戦は見送りとなった。

2004年には株式会社愛媛フットボールクラブと任意団体の愛媛FCが合併し運営法人となる「株式会社愛媛FC」が創設。いよいよ念願成就に向けて走り出した。しかし、リーグ戦は結局5位の成績で、運営組織面でも1人しかいない専従職員の増加などさらなる整備をJリーグから指摘されるなどして、J2参入には至らなかった。なお、この年のJFLでは大塚製薬サッカー部が2連覇を果たし、翌年から徳島ヴォルティスとしてのJリーグ2部への参入を決め、「四国初のJリーグクラブ」の栄誉を得る事になった。

Jリーグへのチャレンジ3年目となった2005年は大西がユース監督に移り、ジュビロ磐田のユース監督や日本サッカー協会のナショナルコーチングスタッフだった望月一仁を初の外部出身監督として招いた。チームは当初苦戦したが、徐々に立て直し、Jリーグ参入条件の2位以内確保の可能性を高めていった。

一方、クラブは6月28日にJリーグ加盟の仮申請を提出。審査の結果では愛媛FCの年間予算(約1億5000万円)と資本の少なさが懸念された。8月29日にJリーグによるヒアリングが終了。

鈴木昌チェアマンは、9月20日の会見で、ホームスタジアムである愛媛県総合運動公園陸上競技場のキャパシティがJリーグの基準より少なく、改修工事も2017年の国民体育大会開催に合わせ13年かけて完成させる計画であることなどを理由に、このままでは2006年度もJ2入りが困難である見解を示した。その際、鈴木は「最低限の条件をクリアしようとしても、お荷物チームを抱えるとJ2のステータスを下げてしまう」と指摘しており、またFCホリコシもJ2入りの条件を満たしていないことから、現状の愛媛FCでは、1チームだけ昇格させて13チームの奇数リーグで開催することに対し、各クラブの同意を取り付けるには材料に乏しく困難であること、などが挙げられた。

その後、スタジアム改修時期を繰り上げた愛媛県側の新たな支援計画(知事公舎の売却益という臨時収入を利用)、愛媛FC側の経営基盤強化策、サポーターの署名運動(1ヵ月半で約22万人の署名)などによりJリーグ側は態度を180度転換、10月18日の理事会で愛媛FCが今シーズンのJFLで原則2 位以内ならば昇格を認めるとの方針を打ち出した。

お墨付きをもらった愛媛FCは、11月27日の後期第14節でHonda FCに勝利しJFL2位以内を確定、その勢いで12月4日の後期第15節(最終節)でデンソーに2-0で勝利し、JFL初優勝を本拠地である愛媛県総合運動公園陸上競技場に詰め掛けた7117人の観客の前で成し遂げた。翌日の12月5日、Jリーグ臨時理事会で愛媛FCのJリーグ加盟が全会一致で正式に承認され、正式に昇格を果たした。なお、愛媛FCのJリーグ参入にJFL主事として祝辞を寄せた豊島吉博・日本サッカー協会事務局長(常務理事)は松山東高校のOBで、1980年代後半から愛媛県サッカー協会の理事長として愛媛のサッカーに深く関わっていた人物でもあった。
2006年

J昇格初年度となった2006年シーズン、3月4日の開幕戦・対横浜FC戦において、後半終了間際に途中出場の猿田がゴールを決め、見事1-0でJ初勝利を収める。

シーズン序盤、チームは昇格の勢いと相手チームの愛媛FCに関する情報不足から良好な結果を残していたが、シーズン中盤になると戦力不足を露呈し、決定力不足に泣くなど苦戦を強いられることとなった。

ただ、J1でも実績のある柏レイソルや東京ヴェルディ1969など上位チームに勝利するなど善戦。試合を重ねるごとに経験を積み、レベルアップしていった。後半戦になるとチーム・個人の成長が著しく、昇格争いにかかわるチームから「当たりたくないチーム」として嫌がられるようになった。

特に、柏レイソルから前年のブラジルでの武者修行から帰ってきた菅沼実、サンフレッチェ広島から田中俊也、高萩洋次郎、森脇良太、田村祐基など、補強した若手(田中以外はレンタル移籍での加入)が大活躍し、J加入初年度ながらJ2全チームより勝ち点を上げるなど見事な9位でシーズンを終える大健闘を見せた。
2007年

2年目の2007年シーズンは、昨シーズンの主力選手のうち、菅沼実や高萩洋次郎、田村祐基らがそれぞれのチームに復帰したため、青野大介、大木勉といった愛媛出身のベテラン勢をトライアウトにて獲得し、またレンタル・新規での新戦力の獲得を行った。

しかし、金守智哉、森脇良太、田中俊也、松下幸平、井上秀人、千島徹ら、昨季終盤に主力として活躍した選手の多くが故障。また、新加入の大木勉もけがによって一時ベンチを外れるなどした。

大量の故障者が出た結果、最終的には昨季より1位順位を下げ、10位の順位でシーズンを終えることとなった。最後まで得点力不足(特に引いて守る相手に対して)に悩まされるシーズンとなったが、最終戦には先制された相手に逆転勝ちをするなど、徐々にチームの実力を増していることを感じさせた。

主力選手の多くが復帰し、若手選手も経験を積んだ11月に開催された天皇杯4回戦では、この年にAFCチャンピオンズリーグを制覇しアジア王者となった浦和レッズを下す大金星をあげている。続く5回戦ではJ2降格が決定していた横浜FCを撃破し、愛媛県のチームとしては55年ぶりの準々決勝進出を果たした。
2008年

3年目の2008年シーズンは、セレッソ大阪から多田大介を、京都サンガF.C.から三上卓哉を、サガン鳥栖から宮原裕司を、浦和レッズから横山拓也を完全移籍で獲得。さらに、大分トリニータから河原正治を、ガンバ大阪から伊藤博幹、横谷繁を、ヴィッセル神戸からキム・テヨンを、大宮アルディージャから若林学をレンタル移籍で獲得。ところが順位は15チーム中14位に終わった。
2009年

4年目の2009年シーズンは、昨シーズン15チーム中14位に終わった屈辱を晴らすため戦力の大幅入れ替えをした。キム・テヨン、伊藤博幹、若林学、河原正治、三木良太のレンタル移籍選手が移籍期間終了に伴い退団、宮原裕司がアビスパ福岡に移籍、南祐三が日本フットボールリーグのV・ファーレン長崎に移籍、多田大介が古巣のセレッソ大阪にレンタル移籍など15人の選手が退団。新たな戦力として、セレッソ大阪から山本浩正を、大分トリニータから内村圭宏を、ヴァンフォーレ甲府から田森大己、ジョジマールを、浦和レッズから大山俊輔を完全移籍で獲得。さらに、昨シーズンまでサガン鳥栖で活躍していた柴小屋雄一をレンタル移籍で獲得。さらに3月には過去に清水エスパルスやヴァンフォーレ甲府に在籍していたアライールが加入した。
8月5日のロアッソ熊本戦はニンジニアスタジアムがa-nation開催で使用できないため、初めて県外開催(高知県立春野総合運動公園陸上競技場)となる。その8月5日のロアッソ熊本戦は怪我人や出場停止選手が続出したためリザーブにGK2人にフィールドプレーヤーが1人の計3人しか入らないという珍事が起きた(スタメン全員フルタイム出場となった)。このため、愛媛FCユースの選手としまなみの選手を急遽トップチームに登録した。さらにサンフレッチェ広島からユース日本代表の内田健太をレンタル移籍で、ブラジル人のDFチアゴとFWドドも獲得した。しかし、クラブ側は9月14日に望月監督を解任し、新たにクロアチア人のイヴィッツァ・バルバリッチを監督に就任した。愛媛FCにとっては初の外国人監督となった。

チーム編成

現在の愛媛FCでは、他チームで出場機会のない若手有望選手の完全移籍・期限付き移籍を中心としたチーム作りをしており、徐々に完全移籍で獲得する選手は増えているものの、しばらくは選手の入れ替わりが多くなると見られている。

浦和レッズやジュビロ磐田、サンフレッチェ広島などの強豪チームから若手選手が完全移籍・期限付き移籍するケースが多い。また、ガンバ大阪、サガン鳥栖、大分トリニータなどからの期限付きで獲得するケースもある。

愛媛出身選手の移籍も多く、愛媛出身選手の比率もそれなりに高い。

その他

2008年の三戦目ではサンフレッチェ広島、モンテディオ山形の2チームとの直接対決で敗れJ1昇格を決められる。複数チームに目の前で昇格を決められたチームとしては2004年の水戸ホーリーホック以来となった。最終節でもセレッソ大阪の入れ替え戦出場を決められる可能性があったが、1-2で敗れたものの、セレッソ大阪が4位で終わり、見送りは免れた。

所属選手

詳しくは愛媛FCの選手一覧をご覧ください。
No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 川北裕介
2 日本の旗 DF 吉川健太
3 日本の旗 DF 金守智哉
4 日本の旗 MF 渡邊一仁
5 ブラジルの旗 DF アライール
6 日本の旗 MF 田森大己
7 日本の旗 MF 持留新作
8 日本の旗 FW 内田健太
9 ブラジルの旗 FW ジョジマール
10 ブラジルの旗 MF ドウグラス
11 日本の旗 FW 石井謙伍
12 サポーター
13 日本の旗 DF 関根永悟
14 日本の旗 DF 三上卓哉
15 日本の旗 DF 松下幸平

No. Pos. 選手名
16 日本の旗 MF 赤井秀一
17 日本の旗 MF 大山俊輔
18 日本の旗 MF 江後賢一
19 日本の旗 MF 越智亮介
20 日本の旗 FW 大木勉
21 日本の旗 GK 山本浩正
22 日本の旗 DF 小原章吾
23 日本の旗 MF 杉浦恭平
24 日本の旗 FW 福田健二
25 日本の旗 MF 東浩史
28 日本の旗 MF 高杉亮太
29 日本の旗 FW 岡本剛史
31 日本の旗 GK 鶴田達也
35 日本の旗 GK 兼田亜季重

ユニフォーム
ユニフォームの色 カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) オレンジ ネイビー オレンジ
FP(2nd) 白 白 白
GK(1st) 深緑 深緑 深緑
GK(2nd) 黄 黄 黄
Team colours Team colours Team colours
Team colours
Team colours
 
FP 1st

Team colours Team colours Team colours
Team colours
Team colours
 
FP 2nd
Team colours Team colours Team colours
Team colours
Team colours
 
GK 1st

Team colours Team colours Team colours
Team colours
Team colours
 
GK 2nd

チームカラー

シャツは、愛媛の特産物「みかん」にちなんだオレンジ色。パンツは紺。これはマスコットをデザインした能田達規と愛媛FCとの縁となった、漫画『ORANGE』のチーム「南予オレンジ」のユニフォームに似ており、その影響も大きいものと思われる。
ユニフォームスポンサー
掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
胸 大王製紙 エリエール 2005年〜
背中 太陽石油 SOLATO 2006年〜
袖 三浦工業 MIURA 2006年〜 2003年〜2004年は胸・2005年は背中
パンツ フジ Fuji 2006年〜
ユニフォームサプライヤー

* 2006年〜2007年 ディアドラ
* 2008年〜 ミズノ
o ディアドラはJFL時代から愛媛FCのサプライヤーを務め、Jリーグでは愛媛FCが唯一の同社ユニフォーム使用チームであった。これは、ディアドラ製品の日本国内総代理店であるディアドラ・ジャパンの社長が愛媛県新居浜市出身で、他のメーカーのような既存Jリーグチームへの契約競争には参加せず、自分の故郷の愛媛FCと一緒にJリーグへ行くと明言したためとされている[1]。

歴代ユニフォームスポンサー年表
年度 胸 袖 背中 パンツ サプライヤー
2003年 ZボイラMIURA HOTTA ネッツトヨタ愛媛 - DIADORA
2004年 ZボイラMIURA HOTTA ニンジニアネットワーク - DIADORA
2005年 エリエール HOTTA ZボイラMIURA 日新製鋼 DIADORA
2006年 エリエール ZボイラMIURA 太陽石油 Fuji DIADORA
2007年 エリエール ZボイラMIURA 太陽石油 Fuji DIADORA
2008年 エリエール ZボイラMIURA 太陽石油 Fuji Mizuno
2009年 エリエール ZボイラMIURA→MIURA SOLATO Fuji Mizuno
2010年 エリエール 不明 SOLATO Fuji Mizuno
脚注
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1. ^ 愛媛FCミニFM局 KIXFM84.1MHZ:DIADORA(ディアドラ・ジャパン)の 愛媛FCのユニフォーム(2009年3月7日最終閲覧)

関連項目

* 愛媛FCの選手一覧
* 四国ダービー
* 温泉ダービー
* 中国・四国Jクラブ情報懇談会

外部リンク

クラブ公式サイト
* 愛媛FCオフィシャルウェブサイト

関連サイト

* Forza! EHIME FC
 
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