== 2007年撮影のお祭り写真集 ==
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07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
大江太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
大江太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
東町太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
東町太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
東町太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
大江太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
大江太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
新須賀太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC


07'新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて

新居浜市制70周年記念統一かき比べ 市民球場前にて 2007.10.17
久保田太鼓台
NIKON D80 + SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC

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●おまつり豆知識

■新居浜市■
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B1%85%E6%B5%9C%E5%B8%82

新居浜市 にいはまし
国 日本
地方 四国地方 中国・四国地方
都道府県 愛媛県
団体コード 38205-1
面積 234.30 km2
総人口 123,295 人 (推計人口、2007年10月1日)
人口密度 526.23 人/km2
隣接自治体 西条市、四国中央市、越智郡上島町、高知県吾川郡いの町、土佐郡大川村、広島県福山市
市の木 クスノキ
市の花 ツツジ
新居浜市役所 所在地 〒792-8585 愛媛県新居浜市一宮町一丁目5番1号
電話番号 0897-65-1234
位置 東経133度17分 00 北緯33度57分 37
世帯数:55,028戸(2007年8月末)
市長:佐々木龍
NTT市外局番:0897(市内全域)

新居浜市(にいはまし)は、四国の中北部、愛媛県の東予地方に位置する市。江戸時代に開坑された別子銅山で繁栄の足がかりを築き、その後非鉄金属・産業機械・化学工業など住友グループとその協力企業群により発展を遂げた瀬戸内有数の工業都市であり、よく「工都・新居浜」と表現される。毎年10月の新居浜太鼓祭りでも知られる。

概要
別子銅山で発展した鉱工業都市で、住友グループの企業城下町として有名である。(他に、同様に鉱山町から企業城下町となった都市には、日立市がある。)
新居浜を代表するものとして、この別子銅山と新居浜太鼓祭りが有名。

位置
四国のほぼ中北部に位置し、東に四国中央市、西に西条市と接している。北は瀬戸内海の燧灘に面し、南は四国山地を境として高知県境に設置している。

隣接している市町村
西条市、四国中央市、高知県 - 吾川郡いの町、土佐郡大川村、広島県福山市

地形
南に千数百メートル級の急峻な四国山地、東西に百数十メートル級の丘陵地と三方を山に囲まれ、北は瀬戸内海の最奥の燧灘(ひうちなだ)に面し、この間に新居浜平野が広がっている。この地形ゆえに周辺都市から独立したような格好になっている。

東西の丘陵地はともに市の中心部に突き出ており、それらを結ぶ線で「上部」(南側)と下部(北側)に別れる。国道11号から南が上部とされる。下部は更に中心を流れる国領川で二つに分断され、それぞれ「川西」「川東」と呼ばれる。

当初、別子山村は新居浜市とは別の市町村であったが、2003年に新居浜市に編入された。別子山地区は市の南部、四国山地の山深くに位置し、市街地からは約30km離れている。冠山を源とし、旧別子銅山を流れていた銅山川が、法皇山系の合間を東進する。

かつては沖合いに島が点在していたが埋立等により地続きとなり、東北部沖にある新居大島が現存する唯一の離島である。

川:国領川、銅山川(吉野川の支流の一つ)
島:新居大島

中核の無い街
新居浜市は近世以降、口屋(くちや)繁栄期を除けば確たる中心地のないまま地区毎に発展した。別子銅山の発展と住友グループの事業拡大などで拠点が北(海側)に移動したことで、新居浜は城下町の城郭のような中核がないまま発展した。そのため、市街地は旧町村の中心に由来する数箇所を拠点に浅く広く拡大しており、人口集中地区(DID)は30km2弱(可住地面積に占める割合・約48%)にもなる。

戦国時代末期までは、東予東部一体を実質支配していた金子氏の居城金子城付近が中心地であった。当時を偲ばせるものとして金子山の麓に御茶屋谷という地名が残されている。

昭和初期までは、住友グループを中心とし繁栄した口屋が名実共に中心であった。1702年(元禄15年)、別子銅山開坑の約10年後に住友が新居浜浦に口屋(くちや)を開設した。以降昭和初期頃まで人や物流の中心であるこの口屋を核に新居浜は発展し、今も「新居浜発祥の地」として知られている。1890年(明治23年)に、口屋の機能が惣開にうつり、徐々に口屋の跡地の中心性が薄れ、昭和初期くらいには市内の中心が必ずしも口屋跡とは言い難くなった。現在、新居浜市西町の口屋跡には、公民館と由来の記念石碑があり、かつての賑わいの面影だけが残っている。

現在は工業都市であるため、城郭といったランドマーク的施設がなく、煙突がシンボルという諧謔的な見方も市民には少なからずある。JR新居浜駅も市街からやや離れており、中心性に欠けると指摘され続けてきた為、再開発中である。強いて言えば、市役所周辺に、文化施設、税務署等の官公署、新居浜郵便局、金融機関などのサービス施設も比較的集積していることから、平和通りと楠中央通りの交差点が実質的中心地となっている。根っからの市民の間では、太鼓台のかき比べの行われる一宮神社(いっくじんじゃ)が中心との見方もある。

市の都市計画においてJR新居浜駅周辺・昭和通り商店街・リーガロイヤルホテル新居浜周辺の3地域を拠点と捉えており、近年これら3地域に囲まれている金子校区・金栄校区などでは住宅・商業施設の建設が相次いでいる。このため市周辺地域からの流入による一極集中化が進みつつある。

但し、その分散した街ではあるが交通機関は充実しておらず、機能的には繋がっていない。移動は専ら自家用車・スクーター・自転車に頼るところが大きい。

近隣市町村との比較
東から四国中央市、新居浜市、西条市が連続しており、相互の関係が都市中心性にも影響している。

工業地帯は昭和中期以降に周辺都市と実質的に連続するようになった。これは大都市などの工場集積地から地方に工場の移転を促進する国の政策によるものであるが、既に工場が集積していた新居浜市は対象地から除外されていた。そのため新居浜市の工業都市としての拠点性は薄れた。隣接する西条市とは工場群が市境を跨いで繋がっており、又産業も似ているために一体化して四国最大の工業地帯をなしている。商業でも両市民の交流が盛んであり、地域圏としても一体化が進んでいる。

工業都市の新居浜市に対し、西条市には藩政時代の名残で県の行政機関が多く設置されている。これには、工業都市で、労組の力の強い新居浜市を嫌ったとの見方も根強くある。又、新居浜市は住友の色が強く、住友以外のグループ企業が進出し難いとの見方もある。実際、三菱電機西条工場(現ルネサス テクノロジ西条事業所)が西条市に、日新製鋼等が旧東予市(現西条市)に立地している。

又、東隣の四国中央市との交流も深く、実質的に通勤等の人の相互の流れがある。

地域圏
新居浜市は、西条市、四国中央市の間に位置し、これら東西の都市の橋渡し的な役割を担っている。新居浜市を中心とした東予地方は一つの地域圏を構成しており、行政も大型化を視野に入れた取り組みをしている。

新居浜市を初めとする東予地方は、その地理的な重要性から四国全体の拠点としての役割を発揮すべきだとの主張も多い。将来的には、広範囲の都市圏全体が大規模合併で一個の「市」となり、道州制を導入した暁の四国道の道庁所在地・道都にしようとする構想が議論されている。仮に東予の全市町が合併した場合は52万人程度の都市となる。

尚、新居浜市は、これまで住友の影響を強く受けた都市であったことから、他人依存の強さや消極的といった市民気質が指摘されることもあり、四国中央市ほどの熱気は見られない。

地名の由来

新居浜
大宝律令以降の郡制において今日の新居浜市から西条市にかけての一帯に神野郡がおかれ、郡衙(郡家)は西条市内に置かれた。奈良時代末期に、郡家を郡の東部、今日の新居浜市中村近辺に移し、そこを「新居」と呼んだ。神野郡新居郷の始まりである。そして、この新居の北の海岸を新居浜と呼ぶようになった。尚、神野郡は後に新居郡と呼ばれるようになった。

別子
別子の名は太古この地方を治めていた武国凝別命(たけくにこりわけのみこと)の子孫、意古乃別君・竜旧乃別君らが国領川上流地域を治めていたことに由来(「別の子が治める地」=「別子」)する。

気候
瀬戸内海式気候で、年間を通じて温暖・少雨である。四国地方は頻繁に水不足に悩まされているが、本市では上水道を全て地下水で賄っているため、そういった状況にない。但し近年は水道使用量の増加や工業用の取水の増加等により、地下水位の低下が深刻となっている。地震も含めて比較的災害が少ない地といわれていたが、2004年の集中豪雨で床上浸水や山崩れ等の災害が発生した。

夏は、三方を山に囲まれ盆地に似た地形であるためか気温が高く、時間帯によっては全国で一番暑いこともしばしばある。

冬には、南部の山に積雪を見られる。平地での積雪は、数年に一度程度である。

歴史
中世には、この一帯を金子氏が実質治めていた。金子氏は、羽柴秀吉の軍によって滅ぼされた(天正の陣)。又、南部の別子山には、平家の落人伝説が残っている。

1937年11月3日:新居郡新居浜町、金子村、高津村が合併し市制施行。当時の人口は32,254人、面積は8.39km2。
1953年5月3日:新居郡垣生村、大島村、多喜浜村、神郷村と合併。(人口73,671人、面積43.42km2。)
1955年3月31日:新居郡泉川町、中萩町、船木村、大生院村と合併。(人口101,870人、面積161.35km2。)
1956年9月28日:市内の大生院西部を西条市に編入。(人口106,421人、面積142.04km2。)
1959年4月1日:新居郡角野町と合併。新居郡が消滅する。(人口120,863人、面積157.41km2。)
2003年4月1日:宇摩郡別子山村と合併。(人口127,982人、面積234.30km2。)

歴代市長
初代 白石譽二郎:1937年12月30日 - 1944年5月4日
二代 西沢定義:1944年5月5日 - 1946年3月17日
三代 島村計治:1946年7月2日 - 1946年12月31日
四代 荒井源太郎:1947年4月5日 - 1951年4月4日
五代 白石捷一:1951年4月24日 - 1955年4月10日
六代 小野香奄:1955年5月2日 - 1965年2月24日
七代 泉敬太郎:1965年4月15日 - 1984年10月16日
八代 伊藤武志:1984年11月18日 - 2000年11月17日
九代 佐々木龍 2000年(平成12年)11月18日 - 現在

行政

議決機関
新居浜市議会

執行機関
新居浜市役所
市役所には隣接して消防本部・北消防署が、川東支所には北消防署支署、上部支所には南消防署が設置されている。


市の組織
支所
市内は地理の項にあるとおり、川西・川東・上部・別子山に分けられ、市民行政サービスもその地区分けによるところが多く、川西に市役所本庁、他地区に支所が置かれている。尚、別子山地区では、市街地から遠いため消防・救急を隣接する四国中央市(嶺南地区に消防出張所あり)に委託している。ただ、火災の発生等は山火事を含めても数年に一回程度であり、むしろ山歩きの人の救助要請対応が大半である。

市町村合併
総務省に呼応して市町村合併の気運が大いに高まり、合併の組み合わせが検討された。

愛媛県が当初、試案として発表した合併パターンで、新居浜市は単独で残ることが示され、新居浜市関係者は衝撃を受けた。その後、別子山村との合併パターンなどが提示された隣接する宇摩圏域(後の四国中央市)や西条・周桑郡が、新居浜市に迫る人口を持つようになることが予想されたためである。都市中心性も揺らぐのではないかと懸念された。加えて、新居浜市と殆ど同一人口規模であった今治市が、越智郡の町村部を合併すると人口規模で大きく引き離される結果が予想された。

当初は関係者に、西条市・東予市・周桑郡との大規模合併を期待する向きもあった。東予地方のみならず、四国全体においてプレゼンス向上を期待したものである。しかしながら:

城下町の西条市と工業都市の新居浜市とでカラーが異なる
主導権の問題(庁舎位置など難問を抱える)
新居浜市と西条市との間に低いながらも山がある。
などの問題により、実現はしなかった。当時の新居浜市長のオープンな対等合併を標榜する発言や、主導権に対する拘り無しとの発言への疑念を、一定の主導権を確保したいとする西条市関係者が払拭しきれなかったとも言われている。

結局、新居浜市と別子山村との合併が先行したことなどを理由に、西条市が3市2町の大規模合併に難色を示し、破談となった。結局、別子山村を編入したのみに終わった。

祭の町としての意地もあり、新居浜市と西条市の間でどちらの名前を残すかの主導権争いが加熱した結果破談したとも言われている。

ただし、四国中央市・西条市では将来的に新居浜との合併は避けられないということが昔から言われ続けており、今回の合併は新居浜市と人口・産業等で同等規模にしておけば、将来の更なる合併を協議する時に対等な立場で臨めるという思惑もあった。三市大合併は新居浜市においても押し進めようという動きがあり、三市の連繋を強化する必要性が市議会等でも議論されている。現在、市内各地で行われている都市基盤整備は、それに向けての中核都市整備としての性格ももっている。


主な行政機関
新居浜と西条を繋ぐ機関として新居浜・西条地区広域市町村圏事務組合が新居浜市にあり、圏内の共同事務・二次救急医療などの連絡調整を行っている。三次救急については愛媛県立新居浜病院に東予救命救急センターが併設され、県内の医療機関では唯一ヘリポートを有するなど充実が図られている。

国の機関として、精密機械・電子部品・製品やその原材料などの輸出入が盛んな新居浜港・東予港は重要港湾に指定されて外国貿易船の往来も多いことから、神戸税関新居浜税関支署、広島検疫所新居浜出張所、新居浜海上保安署などが管理に当たっている。

新居浜区検察庁        
新居浜簡易裁判所       
神戸税関新居浜税関支署    
新居浜労働基準監督署     
新居浜パートサテライト    
新居浜海上保安署       
新居浜郵便局         
新居浜保健サービスステーション(旧新居浜保健所)         
新居浜市消防本部       
愛媛県総合科学博物館     
愛媛県立新居浜病院      
東予児童相談所        
西日本高速道路株式会社新居浜料金所
松山地方法務局新居浜出張所
自衛隊愛媛地方連絡部新居浜出張所
新居浜税務署
新居浜公共職業安定所(ハローワーク新居浜)
新居浜社会保険事務所
広島検疫所新居浜出張所
新居浜警察署
鹿森ダム管理事務所
愛媛県立新居浜高等技術専門校
愛媛県立えひめ学園
国民生活金融公庫新居浜支店

姉妹都市・提携都市
徳州市(中華人民共和国 山東省):1997年11月友好都市締結。

経済
住友の企業城下町というイメージが強い新居浜市であるが、大手企業の東予地方を管轄する出先が多く立地しているために、一地方の中心都市という面も持つ。又、東北部に位置する多喜浜地区は、江戸時代に開かれた多喜浜塩田で栄え、塩田が廃止された後は埋め立てられ工業団地・港として、製造、物流、卸売等の事業所が進出し、現在の新居浜の産業の一角を支えている。

住友グループ
世界一の産出量とも言われた別子銅山の発見以後、住友家が開発を進め、住友化学・住友重機など今では世界的になった住友グループ各社がこの地で生まれた。このため、別子銅山の閉山以後も、各社の主力工場が多く立地している。

また、住友グループは長年に渡って整理に取り組んできたが、近年では住友金属鉱山などの企業において、大型の設備投資も行われるなど、新たな活気を生み出している。

余談だが、証券取引の世界で住友金属鉱山が「ベッシ」と呼ばれるのは、同じ住友グループで上場企業の住友金属工業(略称「住金」)と区別するためである(稀に表沙汰にならない程度で「住友金属工業」と「住友金属鉱山」を間違えて取引する外務員もいる)。また、三井住友銀行(旧住友銀行で唯一、四国にある店舗であった)は、愛媛県内で唯一、県庁所在地である松山市ではなく、新居浜市に支店を構えている。 一方で、厳しい労務管理や過度の利益優先姿勢などを地元住民に批判される一面も持つ。

中小の製造業
最近は中小機械製造会社が、大企業の下請けで培った技術を活かして独自に製品を開発したり、大学や新居浜工業高等専門学校や研究機関(東予産業創造センターなど)と共同で福祉機器などを開発製造するなど、自立産業都市を目指した産学官の取り組みが活発になっている。

新居浜市民は人の下に付くことを嫌う性格があり、大企業に勤めるより零細企業であっても独立することを選ぶ気質が強い。その為、市内の企業における平均従業員数が少ないのも特徴のひとつと言える。

電力業
住友化学や住友金属鉱山など住友グループの企業などへは住友共同電力が電力を供給している。住友系企業の大規模工場が多いことから電力の需要が多く、市内に住友共同電力の火力発電所、水力発電所が多数立地している。

別子山地域は、以前は別子山村の森林組合が水力発電所を運営し電力を供給してきたが、合併による組合の解散により住友共同電力に供給を移管している。

運輸業
住友の工場が多数立地している関係で、JR貨物の貨物駅や全国規模の運輸会社などが立地している。 昔は市内に海上空港があり1959年から1965年まで新居浜市から大阪間の航空路線が存在した。

金融業 
本店を置く信用金庫
東予信用金庫
支店を置く銀行・信用金庫
伊予銀行
愛媛銀行
香川銀行
高知銀行
四国労働金庫
百十四銀行
三井住友銀行(旧住友銀行系)愛媛県内唯一の同行支店。
広島銀行

商業
かつては住友の工場に近い昭和通に長い片側アーケードの商店街が形成され、又これとT字型で交わる形の銀泉街という商店街が形成された。ただ、工場従業員の減少や、モータリゼーションの進展によって衰え、空き店鋪が大幅に増え、「シャッター通り」とすら呼ばれている。特に、ニチイ、ダイエー等のスーパーの商店街からの撤退は地元に大きな衝撃を与えた。(うち一店は県外資本により復活)

しかし、幹線道路網が充実する前までは、新居浜市には高い集客力を要する商業施設・店鋪などは進出し難いと言われていたが、新居浜市を含む東予地方は複数の都市が連なっているため、合計すると数十万程度の市場となることから、近年、市場性に注目したショッピングセンター等の開設が目立つ。

以前は、西隣の西条市等の商業施設への流出が指摘されてきたが、新居浜市にも、全国大手(イオン)、近隣他県(マルナカ、マルヨシセンター)、これを迎え撃つ形の県内のスーパー(フジ)等が店鋪を立地し、強化させている。

代表的なのが、商工会議所の積極的な誘致でイオン新居浜ショッピングセンター(現イオンモール新居浜)が進出し、周辺都市からも客が流入して人の流れが変わりつつある。しかし、これを地元商店街への脅威だとする意見が根強い。

一方、商店街では、長引く不況や大型店の進出などが原因となって軒並み衰えており、銅夢新居浜などの施設を整備したものの、活性化策が見出せずに苦戦を強いられている。

かっては新居浜大丸(別子大丸)があったが現在閉店し、跡地にはママイが運営するバリュー市場があるが、市民は今でも大丸と呼ぶ。

近年では高木町・西の土居町付近が、新居浜駅とイオンモール新居浜を結ぶ経路と上部地域と川西地域を結ぶ経路の交差地として注目され商業開発が著しい。

主な大型スーパー
イオンモール新居浜
フジグラン
パルティ・フジ
マルナカ
マルヨシセンター

産業統計
主な産業 先端化学素材の開発製造・鉄工・運輸・サービス業
産業人口(2000年10月1日現在)
第一次産業 - 1119人(2.0%)
第二次産業 - 21011人(36.7%)
第三次産業 - 35071人(61.2%)
分類不能 - 83人(0.1%)
合計 - 57284人

主な企業

本社を置く企業 
ママイ
住友共同電力
住共エンジニアリング
住化物流西日本
住鉱テクノリサーチ
住鉱技術サービス
SMMプラントエンジニアリング
新居浜電子
日本キャタリストサイクル
森実運輸
一宮運輸
愛媛小林製薬
日泉化学
西岡鉄工所
アビリティーセンター

工場・事業所を置く主要企業
住友化学愛媛工場、基礎化学品研究所、情報電子化学品研究所、生産技術センター
住友重機械工業新居浜工場、技術開発センター
住友金属鉱山東予工場、ニッケル工場、磯浦工場など
住友共同電力本社、新居浜西火力発電所、新居浜東火力発電所など
大日本住友製薬愛媛工場
ジャストシステム新居浜事業所
ライトウェル愛媛事業所
ヤスハラケミカル新居浜工場

報道機関

地上波
NHK松山放送局新居浜報道室
南海放送新居浜支局
テレビ愛媛東予支局
あいテレビ新居浜支局
愛媛朝日テレビ新居浜支局

ケーブルテレビ
ハートネットワーク

新聞社
愛媛新聞新居浜支社
朝日新聞新居浜支局
毎日新聞新居浜通信部
読売新聞新居浜通信部

交通

鉄道路線
四国旅客鉄道(JR四国)
予讃線 多喜浜駅 - 新居浜駅 - 中萩駅
かつては住友別子鉱山鉄道が市内で運行されていたが、1954年に旅客輸送が廃止され、1977年に専用鉄道としても廃止された。

道路

高速道路
松山自動車道
・インターチェンジ
9 新居浜IC

一般国道
国道11号
国道192号(国道11号と重複)

都道府県道

主要地方道
高知県道・愛媛県道6号高知伊予三島線
愛媛県道11号新居浜角野線
愛媛県道13号壬生川新居浜野田線
愛媛県道47号新居浜別子山線

一般県道
愛媛県道131号別子山土居線
愛媛県道132号多喜浜停車場線
愛媛県道133号多喜浜泉川線
愛媛県道134号国領高木線
愛媛県道135号新居浜停車場線
愛媛県道136号新居浜港線
愛媛県道137号金子中萩停車場線
愛媛県道138号新居浜土居線
愛媛県道336号新居浜東港線

[道の駅
マイントピア別子(愛媛県道47号新居浜別子山線)

海上
四国オレンジフェリー
新居浜市営渡海船

港湾
新居浜港
関連 四阪島
新居浜東港
東予港

事業者
せとうちバス
愛媛近鉄タクシー

健康
新居浜市内には100を越える病院・医院等があり、それぞれ地域に根付いた医療保健活動をしている。

主な保健医療機関・施設
独立行政法人労働者健康福祉機構 愛媛労災病院
財団法人労災ケアセンター 愛媛労災特別介護施設(ケアプラザ新居浜 )
財団法人積善会附属 十全総合病院
住友別子病院
愛媛県立新居浜病院
東予救命救急センター
財団法人新居浜精神衛生研究所 財団新居浜病院
愛媛医療生活協同組合 新居浜協立病院
社団法人新居浜市医師会

教育

高等専門学校
国立新居浜工業高等専門学校(独立行政法人 国立高等専門学校機構)

高等学校
愛媛県立新居浜西高等学校
愛媛県立新居浜東高等学校
愛媛県立新居浜南高等学校
愛媛県立新居浜商業高等学校
愛媛県立新居浜工業高等学校
専門学校・専修学校等

愛媛県立新居浜高等技術専門校
十全看護専門学校
東城看護専門学校
国際テクニカルビジネスカレッジ
東予理容美容専門学校

観光

[祭事・催事
新居浜太鼓祭り(10月16日-10月18日)
にいはま納涼花火大会(7月最終金曜日)

名所・旧跡・観光スポット
マイントピア別子
別子銅山記念館
愛媛県総合科学博物館
マリンパーク新居浜
広瀬歴史記念館
新居浜市立郷土美術館
新居浜市別子山ふるさと館
リーガアクアガーデン
銚子の滝
新居浜TOHOプレックス
銅夢にいはま
一宮神社
黒嶋神宮
金子城趾
滝の宮公園
池田池公園
別子ライン
道の駅マイントピア別子

名物
ふぐざく
別子飴
ハタダ栗タルト
えび天
かきくらべ

新居浜市関連の有名人

新居浜市出身者
森清 - 政治家
早川幸男 - 宇宙物理学者
鴻上尚史 - 劇作家、舞台演出家、映画監督
真鍋博 - イラストレーター
篠原とおる - 漫画家
真斗 - 漫画家
藤田元司 - 元巨人監督
古沢憲司 - 元プロ野球選手
福西崇史 - サッカー選手
伊藤宏樹 - サッカー選手
阿部吉朗 - サッカー選手
福田健二 - サッカー選手
垣原賢人 - プロレスラー
木村健悟 - プロレスラー
十河信二 - 第4代国鉄総裁
あいたかし - 作詞・作曲家
高見知佳 - 歌手、俳優
Anchang - ミュージシャン(SEX MACHINEGUNS)
水樹奈々 - 歌手、声優
村上正明 - 俳優
愛川ゆず季 - グラビアアイドル
花音舞 - 俳優、宝塚歌劇団宙組
近野成美 - 女優
畑嶋恵理奈 - 山陽放送アナウンサー
ノッチ (お笑い芸人)−お笑い芸人(デンジャラス)

縁故有名人
加藤茶 - コメディアン(ザ・ドリフターズ、1年間在住)
大澤壽人 - 作曲家(父親が新居浜出身。墓が新居浜市内にある)
 
テーマ:祭りの写真 - ジャンル:写真


















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